AFFECTUS No.360
本日はいつもと趣旨を変えて、最近芽生えた僕の物欲について語りたい。あるブランドの、あるアイテムが非常に気になり始めたのだ(すでにタイトルで明らかになっているが)。今回はそのアイテムのどこに魅力を感じているのかを、淡々と語っていこうと思う。
10代や20代は夏よりも冬が好きだったが、近年は寒さが本当に苦手で、夏の暑さの方が好きになるほどだ。それだけ寒さに弱くなると、冬の外出時に着るコートの重要性が増す。現在所有するコートは、長くても膝上ぐらいの着丈のステンカラーコートをメインに、ショート丈とミドル丈のPコートを時折着ているのだが、これらのコートを着て冬の街を歩くと、やたら寒くて辛くなってきた。単純に脚が寒く、耐えられないのだ。特にショート丈とミドル丈は寒さが厳しい。
そうなると、僕の意識は今まであまり欲しいと思わなかったロングコートが気になり始める。その時、すぐに頭の中に浮かんだコートが「ヨウジヤマモト(Yohji Yamamoto)」のロングコートだった。
僕はヨウジヤマモトというブランドが、とても好きだ。カッティングの素晴らしさは言うまでもなく、パリ伝統のクラシカルなエレガンスに正面から勝負できる日本人デザイナーは、山本耀司と渡辺淳弥の二人だけだと思っている。
ヴィム・ヴェンダース(Wim Wenders)監督が山本耀司とコレクションの制作風景を撮影した『都市とモードのビデオノート』のDVDは大切な1枚であるし、山本耀司に関する書籍、ファッション誌のインタビューなども収集し、中には今では入手困難となった山本耀司のインタビュー記事も保管している。僕にとってヨウジヤマモトは非常に魅力的なブランドなのだ。
しかし、「自分が着る」という観点になると話は変わってくる。ヨウジヤマモトの持ち味はオーバーサイズシルエットだが、これがミニマムでスリムなシルエットを好むと僕と相性が悪かった。
今でこそ「ヴェトモン(Vetements)」の登場以降、オーバーサイズのビッグシルエットは当たり前になり、どのブランドも導入している。しかし、僕がモードに興味を持ち始めた1997年から1998年、オーバーサイズシルエットに魅力を感じる人間は本当に限られていた。
時代は、ミニマリズムの旗手と言われたヘルムート・ラング(Helmut Lang)がリードし、ラフ・シモンズ(Raf Simons)が男性の繊細さに焦点を当て、当時としては革新的にスリムなメンズテーラードジャケットをデザインし、エディ・スリマン(Hedi Slimane)が「イヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent )」で注目を集めていた時代だった。僕もラングやラフ、エディの服を購入して着用していた。そんな自分が、普段着る服としてヨウジヤマモトに興味を抱くことは無理だったし、その意識が近年まで続いていた。
だが、人間の趣向は時間が経てば変わるもの。僕もそうだ。先ほど述べた通り、寒さが第一の理由だが、オーバーサイズが普遍化したファッション界の現状も要因になる。あれほど忌避していたビッグシルエットを今の自分が実際に着てみると、身体にストレスを感じず非常に気持ちいいことに気づく。ビッグシルエットに慣れると身体が緩く感じ始めて、太りやすくなる感覚があるので、ビッグシルエットだけを着るのは注意したいが、自分のクローゼットに加えたいシルエットになったのは間違いない。
服に対する趣向が変わったからこそ、僕はヨウジヤマモトを着る服として初めて意識できた。そして、ヨウジヤマモトの魅力が最も凝縮されたアイテムがロングコートに思える。足首にまで届きそうなほど着丈は伸びて、たっぷりとした量感が魅力のロングコートは、身体の上で躍るように美しいシルエットを披露する。その姿をイメージすると、僕の中の物欲が「あの服を着たい」と訴え始めた。布のボリュームを優雅に見せる天才的な技量を持つ山本耀司のセンスを堪能するなら、ロングコートを置いて他にはない。
今年3月発表のヨウジヤマモト2023AWメンズコレクションを見た際、最も目を引いたロングコートは、38番目に登場したデザインだった。ダブルブレステッドとテーラードラペルで作られた黒いコートは、着丈が脛のあたりまで長さで、あと5cmほど長いと嬉しいのだが、デザインそのものは僕の心を捉える。
どうやら僕はコートのビッグシルエットに関しては、ドレープが強く現れる柔らかいタイプのデザインよりも、硬さを感じさせるシルエットの方を好むようだ。僕が惹かれたヨウジヤマモトのロングコートも、ショルダーラインが硬質で、全体的にかっちりとした雰囲気が立ち上がっている。ダッフルコートやトレンチコートよりも、チェスターコートの方が好むというわけである。
ただ、シングル型のチェスターコートはVゾーンが深くて胸元が寒い。マフラーを巻けばいいという声もあると思うが、それではダメなのだ。コート自体が防寒に優れていなければならない。その上でマフラーを巻くことで完璧になる。先述のヨウジヤマモトのロングコートは、ダブルブレステッドのためにボタンを留めた時、シングルのチェスターコートよりも胸元が狭く浅くなる。これがいい。
語っているといつまでも続きそうなので、今回はここまでにとどめようと思う。
興味のなかった服に興味を持ち始める。ファッションは変化が面白い。それは服の変化を意味することもあるし、僕のように心の変化も意味する。これがファッションの醍醐味だ。今冬かわらかないが、いつかヨウジヤマモトのロングコートを手に入れたい。
ちなみに僕が一番好きなコートはステンカラーコートなのだが、このコートがロングレングスになると自分は好みではなくなってしまう。ステンカラーコートは膝丈ぐらいの着丈が自分にとってベストだ。語ることを終わらせるはずが続いてしまった。ここで本当に終わりとしたい。
〈了〉