展示会場を訪れると、空間が不純物のない綺麗な空気に満ちているような感覚に襲われた。森光弘が2022SSシーズンからスタートさせた「ネプラ()」は、ブランド名がNEO(ネオ)とPLANTE(プラント)を組み合わせた造語から成り立ち、“BOTANICAL PRODUCT”をキーワードとして天然素材をベースに、タデアイ、豆、炭などの植物染料と通常染料を掛け合わせた染色に特徴がある。
ネプラの色は美しい。初めて展示会を訪れた前回の2022AWコレクションでも感じたが、今回の2023SSコレクションを見てもネプラの色の美しさを健在だった。決して派手ではない。ブラック、ホワイト、ベージュといったベーシックカラーに、レッドやブルーなどの鮮やかな色が主にニットウェアで展開されている。ネプラの色は、ビビッドカラーであっても優しい。眺めているだけで、心が穏やかになっていく。服を着なくても、眺めるだけで人を心地よくさせる服。それがネプラだと言えよう。
今回の展示会で僕はネプラの色に魅了され、あるアイテムをオーダーした。それはカジュアルウェアの王様と呼べるベーシックアイテムだ。今日は僕が一目惚れしたネプラのアイテムについて語っていこう。
会場を訪れてドアを開けると、真っ白な壁の空間が現れ、入口横の左右の壁には、メンズとウィメンズそれぞれのシーズンビジュアルが貼られていた。そのビジュアルについては、このタイトルを書いている現時点で、ブランドサイトやブランドのInstagramアカウントでも非公開のため、詳細を語ることは控えるが、ネプラらしいピュアな空気に満ちた美しいものだった。
ビジュアルを眺め終え、会場中央を見るとラックに掛かったクリーンな服たちが視界に写る。僕は静かに近づいていく。手に取ったのは、白いミリタリージャケットだった。素材には、アウトドアアイテムにも多用される強度を持つリップストック生地が使われていた。アジャスター付きのフロントポケット、スタンドカラーのディテールを見ると確かにミリタリーウェアなのだが、生地表面に薄く細い格子柄が走る真っ白で薄手のリップストック生地が、ジャケットを儚く虚ろなものに見せ、このアイテムがミリタリーウェアが発想源だと言うことを忘れさせる。
素材感と色で、ネプラは服が持つDNAを書き換えてしまう。そして書き換えられる方向は、いつだって静かで美しい。
そして次に見たアイテムこそが、先ほど述べた僕が2023SSコレクションの中で最も魅了されたアイテムだった。一目惚れに近い感覚で惹かれ、オーダーをしたアイテムはTシャツだ。オーバーサイズのシルエットで作られ、形そのものはシンプルそのもの。それでも、僕は一瞬にして引き込まれる。
僕が魅了された最大の要因は、やはり色にあった。手に取ったグリーンのTシャツは、裾に向かって色がグラデーションを起こし、ネプラらしい繊細な表情を見せている。いったい、このグラデーションはどのようにして作り出されたのか。プリントによるものなのだろうか。
完成までの制作工程はこうだった。まず1色の生地でTシャツを作る。ここまでは通常のTシャツツ作りと変わらないプロセスである。だが、ここからが違う。完成したTシャツの表面に、職人がスプレーで一点一点グラデーションを付けていくという、手間と時間が掛けた作業が行われていた。そうして作られたTシャツは、非常にベーシックなデザインにもかかわらず、稀な存在感のトップスへと生まれ変わっていた。
色はグリーン、グレー、パープルの3色が展開され、僕が最も魅了されたのは最初に手に取ったグリーンだった。渋く濃いグリーンにグラデーションが起きた生地は、色彩の抽象絵画を眺めている気分にさせ、視覚的にも満足を覚えるデザイン性がグラデーションTシャツにはあった。
また、驚きは色だけではなく素材感にもあった。Tシャツはコットン素材が使われていることが一目瞭然で、僕がコットンの質感を想像してTシャツに触れると、僕の想像になかった感触を指先が感じて驚く。通常のコットンより硬いのだ。しかし、硬いといってもゴワゴワするほど硬いわけではない。コットンの素材感は残しつつ、スプレーペイントによって新たに生まれた柔らかく硬い感触が、僕にはとても気持ちよかった。
色と素材感が気になってしまい、その後ジーンズとニットウェアもチェックするのだが、やはりグラデーションTシャツが気になる。夏にあのTシャツを着るシーンを想像した瞬間、僕の中の購買欲が本格化した。もう、そこまで来たら僕は僕を止められない。スタッフにグラデーションTシャツのオーダーの希望を伝える。色はもちろんグリーンだ。
デリバリーはまだまだ寒さが厳しい時期で、Tシャツを主役にしたスタイルを着るには早すぎる。待望の商品が届いてもすぐに着ることはできず、着用を堪能するにはTシャツの到着から数ヶ月待たねばならない。その数ヶ月を思うと、僕は楽しくなってくる。現在のファッションビジネスはすぐに買って、すぐに着られることが重要な意味を持っている。僕が待ち望む体験は、現代の常識とは真逆だ。しかし、それがいいじゃないか。
着たい服が届いたのに、まだ着ることができない。楽しむには数ヶ月の時間を要する。
元々モードは、こうして楽しむものだった。それは僕にとってモードの原体験だ。僕はネプラに感謝したい。モード至高の体験を味わせてくれるのだから。1年後に着るTシャツを買い、僕はこの体験を愛おしく感じる。待つことが服への愛情を高めていく。
Official Website:nepla.co.jp
Instagram:@nepla._official