シモーネ・ロシャがジェンダーレスを更新

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AFFECTUS No.366

新しさは、ファッションデザインの文脈が書き換えらた時に感じるが、そもそも文脈とは何か。ここで言う文脈の意味は「過去から現在にまで至るファッションデザインの流れ」が大意になる。ファッションはあるスタイルが生まれ、そのスタイルに対するカウンターとなる新スタイルが生まれ、この連続が続いてきた歴史でもある。完璧に新しく見えるファッションでも決してゼロから生まれたわけではなく、それまで時代の主流だったファッションがあったからこそ、カウンターデザインとして生まれた側面が大きい。

なんだか少し小難しい話になってしまったが、2023SSロンドンファッションウィークで文脈の更新を感じたメンズコレクションを発見した。それが初めてのメンズラインを発表した「シモーネ・ロシャ(Simone Rocha)」である。ロシャは、僕にとってロンドンを見る毎シーズンの楽しみになっているブランドだ。ロシャのコレクションを見て真っ先に浮かんだ言葉が、「悪魔な妖精」という一見すると矛盾とも意味不明とも言える表現だった。だが、この混沌とした感覚がロシャを形容するのに最もふさわしいと実感している。

ピュアなホワイトにメルヘンなシルエットのドレス。だけど、ルックから迫ってくるイメージは妖しく暗く魔術的。天使に生まれながら、悪魔の心を持つ。そんな物語のキャラクターを思わせるイメージが、ロシャからはいつも感じられる。このイメージは、2023SSコレクションで発表されたメンズラインにも言えた。

全48ルック発表された中で、メンズルックは約15ルックほどだった。曖昧なルック数になっているが、この数字の表現にロシャのメンズデザインの特徴が現れている。彼女のメンズデザインは、ルックを見ただけではメンズなのかウィメンズなのか判別できないデザインが含まれている。外見で男性に見えるモデルもいるが、外見だけでは判断できないモデルもいて、判断はできなかった。

いわゆるジェンダーレスデザインが、ロシャのメンズデザインの特徴だが、それだけなら僕は新しさを感じなかっただろう。僕が新しさを感じたのは、ジェンダーレスデザインの構造にあった。

これまでモードシーンに発表されてきたジェンダーレスデザインは、男性の服を女性が着ている、逆に女性の服を男性が着ているタイプのデザインが多かった。例えば白いスカートを男性モデルが着てステージを歩くといったように。その際、ジェンダーレスデザインで発表される服は同年代と思われる服が多かった。どういうことかと言うと、20代の男性が同じく20代の女性の服を着る、というイメージである。つまり服に性差はあっても、服の年齢差はほとんど生じていないというのが、僕が見てきた多くのジェンダーレスデザインだった。

ロシャはこの文脈に楔を打ち込む。

基本的にロシャのメンズラインは、メンズウェアが基盤になっている。黒いMA-1ブルゾン、ミリタリー色強いストラップを用いたブルゾンやパンツ、オーバーサイズの白い半袖シャツなど、現在のメンズウェアのベーシックが下地となってデザインされ、その基盤にウィメンズウェアの要素(素材、色、ディテール、シルエットなど)が取り込まれているのだが、取り込まれたウィメンズウェアの要素が、これまでのジェンダーレスデザインとは異質なのだ。

先ほど述べた通り、これまでのジェンダーレスデザインには服の年齢差が生じていない事が多かったが、ロシャは青年のワードローブに少女の服を取り入れていた。肩から胸に向けて真っ直ぐにシャーリングが走る黒いMA-1的ブルゾンに、シルバーのファスナーが前面に走る黒いパンツのメンズルックは、ハード&スポーティ、クールなムードを感じるメンズスタイルである。だが、インナーに合わせた白いトップスが奇妙だ。

幼い女の子が着ているようなフレアシルエットのワンピースを、男性モデルがトップスとして着ているように見えてしまうのだ。このように、ロシャはミリタリーやバイカースタイルのメンズテイストに、幼い女の子が着るような服、ディテール、テクニックを織り交ぜいく。

若い男性はモードなモノトーンウェアがとても好きで、それを自分のワードローブとしている。一方で、なぜか少女たちが好むガーリーでメルヘンな服も好きだった。ただし、少女たちの服を、メンズウェア流にデザインされた服は好きではない。彼が好きなのはあくまで少女たちが着ている服そのもの。だから、ガーリーな服をそのまま自分のクールなモードウェアと一緒に組み合わせ、それを自分のスタイルとしている。

それが、これまで様々なコレクションを見てきた僕が捉えたロシャのメンズデザインだった。どう思われるだろう。かなり異質なメンズデザインに感じないだろうか。年齢差を生じさせたという意味でも、これまでのジェンダーレスデザインの中では異質だ。

このような特徴を実感し、僕はロシャのメンズラインに文脈が更新された新しさを感じた。ロシャが更新したのはジェンダーレスデザインになる。

2023SSコレクションでロシャが発表したメンズデザインは、ファッションデザインの文脈的に大きな意味と価値を持っている。ファッションは直感的に「かわいい」「かっこいい」を判断できる面白さがある。だが、文脈的観点から見てデザインの魅力を判断する面白さもある。今回のロシャはまさに後者のケースだった。久しぶりに文脈的デザインを見た気分になり、この感覚を逃さず言葉にするため、今回のテーマにロシャの2023SSメンズコレクションを選んだ。

人には、他人には知られたくない趣向や感覚がきっとあるだろう。2003年に発表された綿矢りさの小説『蹴りたい背中』は、主人公の女子高校生が、同級生でアイドルおたくの男子高校生の背中を蹴りたくなる衝動が書かれた、奇妙な感覚の作品だった。僕はこの作品を読み終えた時、「こういう感覚があるのか。小説世界の話であったとしても、よくこんな感覚を見つけ出したな」と驚いてしまった。

ファッションと小説、カテゴリーは全く異なるが、ロシャのメンズデザインを見て僕が感じたのは芥川賞受賞作品を読んだ時と同じ感覚だった。もしかしたら世間から歪に思える感覚を服として表現することで、新しい人間像を生み出す。ファッションには、人間の感覚、感情を表す小説的側面がある。シモーネ・ロシャはロンドンを舞台に、新しい感覚を布地の上に綴った。

〈了〉

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