AFFECTUS No.369
2023SSパリファッションウィークが閉幕したばかりで、最新ファッションを追いかけることが、ファッションについて書くことを仕事にしている者のあるべき姿なのだろうが、今回は5年前に発表されたコレクションを取り上げたい。なぜこのタイミングで過去のコレクションについて書こうと思ったのか。それは2023SSシーズンを観察していると、ジェンダーレスデザインのアプローチについて一つ気になる点を覚えたからだった。
ワンピースやスカートなどのウィメンズウェア特有のアイテムを、男性モデルが着るというジェンダーレスデザインがあるように、女性が男性の服を、男性が女性の服を着るというアプローチが現在の主な手法となっているが、今このアプローチに新しさが失われてきたように思える。
もちろん、異なる性別の服を着るスタイル自体、昔からあるファッションデザインの手法であり、本当の意味では今さら新しさなどない。しかし、ファッションとは時間の経過と共に価値が転換していくもので、たとえばかつてのありふれた手法が10年後に新しく感じられることは、決して珍しくない。ジョナサン・アンダーソン(Jonathan Anderson)の登場以降、異なる性別の服を着る手法が新しいデザインとして再びスポットライトが当てられてきた。しかし、次の段階のジェンダーレスデザインのアプローチが、必要になってきたのが今という時代ではないだろうか。
では何が新しいジェンダーレスデザインのアプローチになり得るのか。そのヒントを感じたのが、2017年に発表された「ラフ・シモンズ(Raf Simons)」2018SSコレクションだった。まずはこのコレクションについて触れていこう。
新宿か、上海か、香港か。建物が密集し、ネオンが怪しく煌めく。その風景は、アジアの都市の夜を思わす。ラフ・シモンズが、2018SSシーズンにシグネチャーブランドで見せたコレクションは、ヨーロッパの美意識が伝統となってきたモード文脈に異なる文脈を刻むデザインだった。
ショーを訪れた観客は、アジアの夜の街並みを再現した会場でスタンディングで観戦しているために、密集した状態で並んでいる。その姿が、いっそうアジアの空気を色濃く醸す。2mに満たない幅だろうか、観客が並んだ間をランウェイとして男性モデルたちが傘をさして歩いていく。ランウェイ(というよりも路上と言うほうが正しい)は雨によって濡れたような演出がなされ、水たまりができていた。
モデルたちが着ている服はテーラードジャケットとコートが多く、色もシックなトーンで展開がされ、全体的にメンズウェアとしての重厚さが感じられてくる。だが、次第にシモンズの奇才が姿を現す。
日本人の私たちには見覚えのあるシルエットのアイテムが登場する。私がすぐに思い浮かべたのは、江戸時代の町民たちが着ていた着流しだった。着流しとは、簡単に述べれば着物に帯を絞めただけの、カジュアルな着物になる。ラフ・シモンズの服を着るモデルたちの姿に、私が見たものは日本文化のシルエットだった。
そしてルックを見ていくうち、私のイメージに変化が生じる。当初はモデルたちの姿から江戸時代に生きた男性たちのシルエットがイメージされたのだが、次第に江戸時代に暮らした女性たちの姿がイメージされ始め、コレクションにジェンダーレスデザインの側面が立ち上がってきたのだ。
着流しシルエットに、テーラードジャケットやコートを羽織り、頭頂部から顎までをスカーフで覆い、頭には帽子を被って傘をさし、ネオン煌めく夜の濡れた路上を歩く。いったい、いつの時代なのか、モデルたちの性別が男性なのか女性なのか、さまざまなイメージが溶け合い、混じり合う。
着流しシルエットのアイテムは、ロングスカートのようにも見えるが、幾度も述べているように江戸時代の男性の姿を私は思いかべるために、完全にウィメンズウェアのアイテムとしては認識できない。このコレクションには、明らかにウィメンズウェア伝統の服だと一目で感じられるフリルシャツや、ミニワンピースといったアイテムは登場しない。だが、女性的ニュアンスが漂うムードに仕上がっている。
シルエットの他に注目すべきは、モデルたちの着こなしだ。コレクションの中で幾度となく登場する着こなしが、左右どちらかの肩をはだけさせてニットを着るスタイルである。ニットそのものはオーバーサイズで、厚みのある素材で編まれ、トラディショナルな形に仕上がっており、メンズアイテムに見える。
しかし、肩をはだけさせるという肌を強調する着こなしがどこかセクシーで、ステレオタイプと言われてしまいそうだが、その着こなしが女性的ニュアンスを感じさせ、ジェンダーレスデザインの側面を立ち上げていた。ただ、モデルは常に肌を晒しているわけではなく、ニットの下にきたシャツが見えるスタイリングも見せてセクシーを弱める効果をもたらし、メンズとウィメンズ、双方の世界のバランスが調整されている。
またシックなコートもコクーンシルエットで作られたデザインも発表され、メンズウェアでは珍しいシルエットがジェンダーレスデザインの側面を強める効果を生んでいた。
このようにシモンズが発表した2018SSメンズコレクションは、ウィメンズウェアならではのアイテムを男性モデルが着るというアプローチではなく、あくまでデザインの土台はメンズウェアにあり、そのメンズウェアの枠の中でウィメンズウェアのニュアンスをシルエットと着こなしによって、ジェンダーレスデザインとしての価値を生み出している。
同時に、テーラードジャケットやコートといったヨーロッパ伝統の服に、アジアを連想させる街並みの会場とシルエットを混ぜ、モードの文脈に新しいスタイルを刻む歴史的価値も生み出していたのだ。
2018SSコレクションから、シモンズの才能の一旦を感じてもらえただろうか。このコレクションが発表された当時は、すでにジェンダーレスデザインがモードでは浸透し、ストリートウェアが世界を席巻していた。シモンズは当時の流れに乗り、ストリートの流れにカウンターを放つコレクションを発表した。スタイル的に新しくするだけでなく、歴史的価値も持たせる。今はスタイルのみにスポットライトが当たっているケースが多いように思え、歴史的価値も生み出すシモンズのアプローチこそが、現在のジェンダーレスデザインには必要に思えたのだ。
また、なぜジェンダーレスデザインを発表するのかといった、テーマ的側面が問われると思う。デザイナーがどのような思い、背景、姿勢で男女の境界を超越するファッションを発表するに至ったのか。それが重要であり、もしテーマに独自性があれば、コレクションは新たな価値をモードの歴史に刻み、ひいては人々のライフスタイルを促進させるスタイルを誕生させるかもしれない。かつてココ・シャネル(Coco Chanel)やイヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent )が、女性たちが働くことを促進するスタイルを創造したように。
現代のジェンダーレスデザインを見ていると、男性たちの新しいライフスタイルを生み出そうとしているようにも感じれ、その前兆にも思えてくる。
シモンズのデザインは、リアルタイムで見ると価値が判別しにくいことが多々ある。後年、時間が経ってからコレクションの価値に気づき、改めて魅了されることがある。この2018SSメンズコレクションは、私にとってそんなコレクションだった。発表当時の私は、このコレクションが持つ価値に気づけなかった。面白さは感じていたが、特別な新しさは感じなかったのだ。しかし、数年後このコレクションを見返した際、シモンズの才能に改めて魅了されることになった。
ファッションは常に新しさを追いかけていく。常に新しくなくてはならない。だが、新しさのためには過去から学ぶことが、創造の種にもなる。これもファッションの醍醐味である。時折、昔のコレクションを眺めてみるのも悪くない。そこに、未来のスタイルの兆しがきっと見える。
〈了〉