展示会レポート mister it. 2023SS

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9月某日、都内某所の駅を降りる。目的は「ミスターイット(mister it.)」2023SSコレクションの展示会を訪れるためだった。展示会場の最寄駅は私が初めて降り立つ駅で、駅の改札を抜けるとすぐに商店街が続き、生活の利便性が優れているように感じた。もし、この街で駅から徒歩10分圏内で新築分譲マンションが発表されたら、注目されて人気を集めるのではないかと思えた。新しく訪れた街を歩いていると、不動産価値がどうしても気になってしまう。

そんなふうに街の空気を感じながら、iPhoneで目的地を確認して歩いていると、展示会場となっている建物の前に到着する。入口はどこだろうと少し迷っていると、展示会場の入口を案内する看板を発見した。初めて訪れる展示会場は入口に迷うことが時折あるが、そんな時は入口を教えてくれるサインがあると非常に助かる。

ドアを開けると、展示会場は床から壁、天井まで真っ白に塗装されていた。しかし、白と言ってもクリーンルームや美術館のような緊張感はない。築年数が数十年経っているものと思われる建物の壁や天井の質感には、長い時間の経過だけが生み出せる趣がある。そんな味わい深いコンクリートを白く塗った空間は、その場にいるだけで心がなごんでいく。ミスターイットの白はいつも優しい。

会場内はベランダのサッシが少し開き、部屋の片隅で回る扇風機の風がラックに掛かった新作ワンピースの裾を、柔らかく揺らしていた。その様子を眺めていると、子供のころに過ごした夏休みのように、時間の流れがいつもよりゆったりと感じられてきたから不思議だ。

スタッフに案内してもらいながら、2023SSコレクションを一点一点じっくりと眺めていくと、ある感覚が蘇ってきた。それは懐かしさだった。新しい服であるにもかかわらず、すでに多くの歳月が経過したような古さが漂い、どこかで見たような感覚を覚えてしまう。しかし、もちろんそれは錯覚だ。これは最新コレクションなのだから、郷愁を感じることは間違っている。だが、この感覚は、過去に体験した何かに久しぶりに出会えた懐かしさと言うしかない。

今から10年前、20年前、もしかしたら30年前に作られたであろうモードウェア。だけど、当時のモードにはなかったシャツやワンピース。初めて見た服であっても、なぜか懐かしさが込み上げる。それがミスターイットだ。

2023SSコレクションは、アイテムに花が印象的に使われていた。花は、プリント生地として使われるだけでなく、ジャケットやワンピースの身頃や襟に一輪だけ挿されてた。花が一輪挿された服に、アヴァンギャルドやダイナミズムを感じることはない。しかし、デザイナーの砂川卓也は、シンプルなアイデアを印象深く見せる術に長けた稀有な才能で、思わず微笑みがこぼれるディテールをデザインし、コレクションを記憶に刻み込む。

この数シーズン、ミスターイットは花を大切なモチーフとしてコレクションで扱ってきた。コレクションを重ねるごとに、花を使ったデザインに深みを見せていき、展示会を継続して見ていたら、次第に花がミスターイットの新しい象徴として感じられ始め、2023SSコレクションでは花こそが砂川の真のアイデンティティなのではないかと思えるほどだった。

花は、鮮やかな色彩で大量に飾られた姿に魅了されることもあれば、淡い色の花一輪に魅了されることもある。ミスターイットが私たちに見せてくれる花は後者だった。同時に、時間が経過した美しさも感じさせてくれる。フラワープリントのシャツを手に取って眺めていると、まるで骨董品を目の前にしたような慈しみを覚えた。

ミスターイットの服を見ていると、自然と微笑んでしまう。だが、それは面白さが理由で笑って頬が緩むのではない。淡いトーンと優しいタッチの生地で作られたフラワープリントシャツに触れた瞬間、心の奥底にあった懐かしさが蘇ったからこそ、自然と頬が緩んでしまったのだ。それがミスターイットのコレクションで微笑んしまう理由だった。

私はドアを開け、展示会場を出た。胸に訪れたのは、コレクションを見る前には感じなかった暖かさだった。初めて訪れたはずの街を、私は懐かしさを胸に抱き、駅に向かって歩いていく。

Official Website:misterit.jp
Instagram:@misterit75003

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