AFFECTUS No.370
「イッセイミヤケ(Issey Miyake)」と言えば、独創性に富んだオリジナル素材を思い浮かべる人はきっと多いとは思うが、私の場合は素材よりも興味が勝るものがあった。それはシルエットだった。平面の布を連想させる量感あるシルエットは、人間の身体を豊かに見せる美しさにあふれている。このシルエットこそ、勝手ながらに私が思うイッセイミヤケ最大の魅力だと捉えていた。
だから私は、イッセイファンから反発を買うかもしれないが、斬新なテキスタイルや、ブランドの伝統と象徴でもあるプリーツを使っていないイッセイミヤケの服が好きだった。2020SSシーズンに新ウィメンズデザイナーとして就任した近藤悟史は、私の好きなイッセイミヤケを存分に堪能させてくれる。近藤のデビューショーとなった2020SSコレクションは、イッセイミヤケ得意の素材開発力を見せながら、シック&スポーティなスタイルがファッション性を数段高めていた。
「コム デ ギャルソン(Comme des Garçons)」のようにファッション性を失わせることで、ファッションの新しい可能性と美しさを引き出すデザインの面白さもあるが、個人的趣向を述べるなら、私がより好きなのは街で着たくなるファッション性を感じさせるデザインだった。
もちろん、どんな服を街で着たいとなるか、その線引きは人それぞれで千差万別だ。私が街で着るリアリティがあると感じた服を、他の方は「着たくなるリアリティ」を感じないことは必ずあるだろうし、その逆もきっとあるはずだ。私が着たくなる服というのは、人間が元来持つ身体のラインを服の上からでも感じさせるデザインで、ベーシックアイテムをベースにしたデザインが多い。私が今パリで最もクールなコレクションだと思う「ロク(Rhock)」は、非常にアグレッシブなカッティングを見せるが、ベーシックアイテムの残像を感じさせ、ナチュラルな身体のラインを服を通して披露している。
ベーシックなデザインとの距離が離れれば離れるほど、私が好む「街で着たい」と思うリアリティは失われていくように思える。イッセイミヤケがオリジナル素材を全面に打ち出したルックに、私が惹かれないのもきっとベーシックとの距離が遠く離れたものに感じるからだろう。
近藤のコレクションはベーシックとの距離感にバランスのうまさを見せる。9月に発表された最新2023SSコレクションは、近藤のセンスが現れていた。ショー形式で発表されたこのコレクションは、大きく分けて2タイプのデザインで構成され、前半はシルエットにフォーカスしたデザイン、後半は独自性ある素材を活かしたデザインが登場した。
もちろん、私が魅力は感じたのは前半に登場したシルエットにフォーカスしたデザインだ。これが非常に素晴らしかった。ベースとなっていたのは、ベーシックかつエレガントな服で、そこにモードなシルエットが独創性を生み出す。
黒いクルーネックの長袖トップスと、コクーンシルエットで作られたオフホワイトカラーのミドルレングススカートの組み合わせは、コンサバスタイルを思い浮かばせた。だが、トップスの袖は肘のあたりから大きく波打ち、まるで山脈を思わせる不思議な形を描き出し、スカートはウェスト部分がアシメントリーに折り返り、右ウェスト脇から前裾に向かって斜めにカーブを描いて、これまたアシンメトリーな裾のカッティングを見せている。
蛍光イエローのコートは衿のデザインを見れば、トレンチコートが浮かんでくる。しかし、このコートもシルエットに変化が生じている。袖がトレンチコートの代名詞であるラグランスリーブではなく、マトンスリーブで作られていた。マトンスリーブは「レッグ・オブ・マトンスリーブ」とも呼ばれ、その名の通り、羊の脚の形に似た形で作られ、肩が大きく膨らみ、裾に向かって細くなっていくデザインの袖である。19世紀のヨーロッパで流行した袖であり、現代の洋服で使われることは珍しい袖になった(もちろん、ないわけではないが)。
イッセイミヤケのコートは、マトンスリーブで確かに袖口に向かって細くなっていくが、その細さは緩やかで、太幅の袖に仕上がっている。コートの着丈は膝を超える長さで、クラシックな印象を残すが、マトンスリーブが腕周辺に豊かなシルエットを描き、トレンチコートだと思わせなながら、トレンチコートとは異なる新感覚のコートへと生まれ変わっていた。
近藤のファッション性ある造形センスは、歴代に登場してきたイッセイミヤケのデザイナーたちの中でも、トップに位置するのではないか。そう思わせる美しさだ。
前述した通り、この2023SSコレクションは後半から素材にフォーカスしたデザインが展開されていく。わがままを言わせてもらうなら、シルエットにフォーカスしたデザインを、コレクション全体で見たかった。それほどに近藤が見せたシルエットデザインは、私の心を深く強く捉えた。
きっと、私の願いが叶うことはないだろう。ブランドの伝統を愛する顧客がいるのだから、その顧客を無視するようなコレクション構成を行うことはないと思われる。ただ、それでも願いたい。一度だけでいい。一回だけでいいんだ。その豊かなシルエットを、心ゆくまで堪能させてくれるイッセイミヤケを見せて欲しい。こんな我儘を言うほどに、私は近藤悟史というデザイナーの才能に惹かれている。可能な限り、少しでも長く近藤のイッセイミヤケが続いてくれたらと思う。もし、可能なら休止してしまったメンズラインを、近藤の手で復活させてくれないだろうか。私はイッセイミヤケのメンズ復活を見たいのだ。
ああ、また無理なことを言ってしまった。人間の欲求に終わりはない。
〈了〉