10月に入って展示会シーズンが終盤を迎える中、デビューから3シーズン目となる「テルマ(Telma)」の展示会へ向かう。会場は前回と同じ表参道駅からほど近い場所だった。その会場は展示会場として使われることが多く、私は何度も訪れているのだが、地図アプリで確認しているにも関わらず、なぜかいつも道に迷ってしまう。だが、今回は初めて迷うことなく到着できた。
外から会場の中を伺うと、テルマのシグネチャーである色彩豊かなプリントを用いたアイテムが目に飛び込む。その様子は、天井の高いミニマル空間に、彩り豊かな花々が咲き誇っているかのようだ。しかし、テルマの色彩は華やかでありつつも、毒々しさが混ざっている。
2023SSコレクションについて触れる前に、テルマというブランドの歩みについてまずは話していこう。
デザイナーの中島輝道は2010年にアントワープ芸術アカデミーを卒業し、その後「ドリス・ヴァン・ノッテン(Dries Van Noten)」でアシスタントとしてウィメンズウェアのデザインを担当した。4年ほどドリス・ヴァン・ノッテンでキャリアを詰んだ後、彼は2014年に日本へ帰国し、「イッセイミヤケ(Issey Miyake)」に入社する。入社後はメンズラインに配属され、当時のメンズデザイナーは現在「CFCL(シーエフシーエル)」を展開する高橋悠介だった。
そしてイッセイミヤケを退職後、ヨーロッパと日本を代表するブランドで合計12年、デザイナーとしてこれ以上ない経験を積んだ中島は、2022SSシーズンに満を時して自身のブランドをデビューさせる。だが、デビューコレクションの制作を始めた時期というのは、世界がすでにコロナ禍に陥っており、世の空気は現在よりも混沌としたものだった。
当時、街を歩いていて中島はあることに気がつく。ストリートを歩く人々の服装から、色彩が失われていたのだ。モノトーンカラーの服を着ている人々が多く、色彩が鮮やかな服を着ている人はほとんどいなかった。当時の状況を思えば、それは自然なことだろう。ウィルスの脅威に襲われ、未来の見通しが立たない状況を前にして、カラフルな服を着る気分になることは非常に難しい。
だが、そんな街の景色を見て、中島はこう思う。
「街に色を取り戻そう」
これがテルマの始まりだった。
だが、テルマが真の意味でオリジナリティを獲得するのは、私が思うにデビューから2シーズン目となる2022AWコレクションだろう。デビューコレクションの2022SSコレクションを私はルック写真でしかチェックしていなかったが、その印象は爽やかで清涼感のあるクラシックなウィメンズウェアだった。明るく優しい色のチェック生地で作られたシャツドレスには、ノスタルジックな香りが漂う。だが、フェミニンとは違う。もっと成熟した香りで、それがコレクションの個性だった。
ただ、コレクションとして綺麗に纏っていたが、正直な感想を言えば、私はいささかの物足りなさを感じた。まだ、中島が真の自分を解放していないというか、感覚を抑制しているような印象だったのだ。
しかし、この印象が2シーズン目の2022AWコレクションで一変する。展示会場を訪れると、デビューコレクションから抱いたイメージとは違うイメージに襲われる。カラフルなプリントは明るさと鮮やかさを何段階にもレベルアップし、色彩のインパクトはデビューコレクションを凌ぐ迫力に仕上がっていた。だが、プリントの色使いと柄をエレガントと称することはできない。生地にはなんとも毒々しい空気が漂っていた。
1960年代のオートクチュールを思わせるクラシックでドレッシーなフォルムに、その造形とは正反対の深海に住む生物のような、禍々しく歪な柄と色の組み合わせが生地の上を大胆に横断している。美しいようで醜く、醜いようで美しい。中島が「美しいものだけが本当に美しいのか?」と、こちらに問いてくる。
禍々しく毒々しい色彩を持った、クラシカルなウィメンズウェア誕生の瞬間だった。2シーズン目の2022AWコレクションこそが、テルマのオリジナリティが開花したシーズンだと私は確信している。
そしてデビューから3シーズン目を迎えた2023SSコレクションは、テルマのオリジナリティに磨きがかかる。テーマは「海」で、鮮やかに移ろいゆく色が儚げな雰囲気を放つ。ブルーは海を表し、オレンジを基調にしたアイテムは夕暮れ時の海を表していた。
この文面だけを見ると、美しい色使いの服を思い浮かべるかもしれない。だが、テルマはそのようなオーソドックスな美しさは見せない。中島は自ら海に潜り、海中で見た景色からデザインを発想していく。クラゲの形に着想を得たトップスは、ネックラインからギャザーが広がり、丸く柔らかなフォルムをドレープたっぷりに描く。生地には紫やピンクの小花柄を連想させるプリントがされていた。このプリントデザインは、中島自らが手で一つ一つ作り上げた柄がベースになっている。
中島はこのようにハンドワークをデザインに取り組み、偶然性が生み出すエレガンスを巧みにコレクションへ取り入れていく。
ネイビーカラーのジャケットとコートには、大柄のレースがパッチワークされているように大胆に使われているのだが、このディテールは生地の上にレースを縫い付けているのではなく、生地をレースの形状にくり抜き、その穴にレースを当てはめている。一見するだけでは気づくことは難しい構造かもしれない。しかし、服は往々にしてそういった一瞬では認識できない仕掛けが、ニュアンスの違いを生み出して人の心を惹きつける。事実、私はコートとジャケットに目が止まり、ネイビー生地の上を泳ぐような白いレースに、巨大なナマコの姿を思い浮かべて、その奇怪なイメージに囚われる。
テルマはこんなふうに美しいはずのものを、美しさとは逆の感覚へ導く。それをクラシカルな服をベースにしてコレクション構成し、ファッションの原点である王道エレガンスの上で、毒々しく禍々しいエレガンスを展開していくのだ。
美しさを美しく思わせないコレクションは、大きく好みが分かれることだろう。だが、モードは振り切れた方が人々の心を強く深く大きく掴む。決して中庸であってはいけない。クレイジーに思われるほど振り切れた方が、コレクションに個性を生むのだ。
コロナ禍以降も戦争が起き、世界は落ち着かず、日本国内では物価高や電気代の高騰など、生活は依然として平穏とは言い難い。こんな時代なら色が欲しくなっても、明るく華やかな色とは違う色が欲しいと思う人はきっといるのではないか。私は、そんな人々のための服がテルマに思える。
たかがファッション、されどファッション。ファッションには人々の心を勇気づけるパワーがある。勇気をもらう服がエレガンスである人もいれば、アヴァンギャルドな服に気持ちが昂る人もいるだろう。毒が良薬となって人間を救うことがある。テルマはファッションの王道を歩みながら、異端のエレガンスを披露する。
Official Website:telma.jp
Instagram:@telma.jp