2000年代のコム デ ギャルソン

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AFFECTUS No.371

毎シーズン、驚きの造形で人々を驚かす「コム デ ギャルソン(Comme des Garçons)」。アヴァンギャルドとは川久保玲のためにある言葉だろう。2020年代に入ると、コレクションの迫力はさらに増していき、現在では巨大な布のオブジェとも言える圧巻のフォルムを発表している。だが、久しぶりにコム デ ギャルソンについて書くにあたり、今回は最新2023SSコレクションではなく、2000年代のコム デ ギャルソンを取り上げたい。

なぜ、20年も前に発表されていたコレクションを今書こうと思ったのか。それは、2000年代のコム デ ギャルソンが、2020年の今に改めて見ると現代に通じる新しさを感じからだった。その理由について語る前に、まずは現代ファッションデザインの潮流について触れていこう。

まず、今最も重要なのはリアルであることだ。たとえ、アヴァンギャルドであってもリアリティの感じられるデザインが、現代では最先端になっている。「JW アンダーソン(JW Anderson)」はまさにリアルアヴァンギャルドの筆頭ブランドだ。

デザイナーのジョナサン・アンダーソン(Jonathan Anderson)は、毎シーズン発表する驚きの造形は、一目見て「美しい」と思うのが困難なフォルムデザインである。2023SSコレクションでは、ラッピングされた贈答品のようなワンショルダーのミニドレスや、巨大なタートルネックの長袖ニットを上下逆さまにして着用するオフショルダーのトップスを発表し、  醜さに美しさを見出すアンダーソンの美意識は健在であることを証明した。

このコレクションはアヴァンギャルドと称するのがきっと正しい。だが、アンダーソンはリアリティあるウェアを基盤にアヴァンギャルドをデザインしている。先ほど述べたラッピングドレスも、ミニレングスのドレスというファッション性を確かに感じさせるアイテムに、左肩をリボンのように結んだディテールで、ラッピング的アイデアを取り入れている。

タートルネックを基盤にしたトップスもそうだ。一見すると不思議なアイテムだが、タートルネックというベーシックアイテムがデザインの基盤になっているため、アヴァンギャルドであってもリアリティが感じられる。

このように現代のアヴァンギャルドは、リアリティも同時に感じられるのがモダンデザインとなっている。

なぜ、このようなデザインが最先端となったのだろうか。これは私の予測にはなるが、消費者を取り巻く生活の変化が関係しているのではないだろうか。

スマートフォン登場以前、世の中の中心はある意味メディアだったが、今は消費者が中心の時代だと言える。インターネットやスマートフォンが普及する前は、知りたい情報を得るために、あるいは観たいドラマ、映画、スポーツを視聴するには、テレビの前にいることが常識だった。だが、今は違う。NetflixやDAZNなどのサービスによって、消費者は自分の好きな場所で好きな時間に好きなコンテンツを、自由に体験できる。もちろん、以前からビデオやハードディスクに録画することで好きな時間にコンテンツを観ることがでできたが、サブスクリプション型サービスの登場によって、メディアが決める時間に縛られる必要は無くなった。

また、以前ならスターは常に画面の向こう側にいたが、今は消費者自らがSNSやYouTubuによってスターになることが可能になった。例えるなら「半径1メートルの世界」が現代人のリアルではないだろうか。

消費者の生活環境が完璧に変わってしまった今、リアルな服=世界から逸脱したアヴァンギャルドデザインは、現代にマッチしていないように私は感じてしまうのだ。

現在のコム デ ギャルソンを見ていると、確かに迫力ある造形に驚きはするが、新しさを感じないというのが私の正直な感覚である。ファンに怒られてしまいそうだが、現在のコム デ ギャルソンが発表する布のオブジェには、前時代的な匂いが感じられてしまう。むしろ、時代の空気と一致したモダンなアヴァンギャルドに思えるのが、冒頭で述べた2000年代のコム デ ギャルソンだった。

例えば2001AWコレクションでコム デ ギャルソンは「セクシー」に挑む。サテンやレースを多用したこのコレクションは、ランジェリーライクなワンピースや、テーラードジャケットにレースが挟み込まれたり、ジャケットの上からブラパッド的なアイテムや、薄手素材のレースを使ったワンピースの上からコルセットをレイヤードしたり、セクシーをアヴァンギャルドに解釈したデザインを発表している。そのイメージはモードウェアを着た娼婦のようでもあった。

先述したように、2021AWコレクションはランジェリー、テーラードジャケット、コルセットなど「服」をベースにアヴァンギャルドなデザインを施して先鋭的イメージを誕生させた。このコレクションは、まさに現代のリアルアヴァンギャルドそのものである。

同様に2004AWコレクションでも、コム デ ギャルソンはリアルアヴァンギャルドを披露している。ブラックをメインカラーにチャコールグレーなど、ダークカラーが支配したコレクションは、テーラードジャケット、スラックス、スカートなどのクラシカルなベーシックウェアを基盤にしてデザインされている。

もちろん、ベーシックウェアが基盤でもあっても、綺麗なシルエットにこだわったシンプルな服をコム デ ギャルソンが発表するわけない。テーラードジャケットは、袖の上腕部分から新たに袖が重なっているような形状で、まるでジャケットの袖から新しく袖が生えているような妖しさだ。袖の肘あたりから黒いチュールや羽飾りが飛び出しているジャケットやワンピースも登場し、人間の身体の中から内臓が飛び出したような、そんなグロテクスなイメージも迫ってくる。

だが、私はこの気持ち悪さがとてもカッコよく感じられた。

自分の知っているジャケットやワンピースが、服としての形状を残したまま、これまでに見たこともない装飾が加えられている。人間の身体が新しくデザインされているカッコよさが感じられ、ダークなグロテスクに私は魅了された。私が最も好きなコム デ ギャルソンが2004AWコレクションだった。

このように、2000年代のコム デ ギャルソンは、現代のJW アンダーソンのようにリアルな服をベースにアヴァンギャルドをデザインしている。しかも、JW アンダーソンよりも醜く歪な美しさを大胆に取り込んで。改めて見ても2000年代のコム デ ギャルソンは現代でも十分にモダンなデザインだ。

モードは常に今が新しく、今が最先端である。だが、常にそうとは限らない。10年前、20年前のデザインが現代の最先端になることはありえる。

今、私が川久保玲の才能を最も堪能できるのは、メンズラインの「コム デ ギャルソン オム プリュス(Comme des Garçons Homme Plus)」になる。メンズデザインは、メンズウェアのフォーマットに乗った上でのデザインが基本になるため、自然とリアルな服をベースにしたアヴァンギャルドが完成される。

もちろん、今のコム デ ギャルソンが見せるウィメンズデザインが好きな人はいるだろう。そのことを否定する気は毛頭ない。ファッションは人間の数だけスタイルがある。それがファッションの醍醐味であり、面白さなのだから。

今回は私の趣向にかなり偏った内容になった。やはり私は、コム デ ギャルソンのリアルアヴァンギャルドがもう一度見たいのだろう。当時感じたあの高揚を、今再び感じたい。

〈了〉

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