AFFECTUS No.372
2023SSシーズンに頻出したアイテムと言えば、ドレスとジャケットがあげられ、世の中の流れが確実にクラシックへ向かっていることを証明している。2020年、コロナ禍に陥り、外出が制限される生活が強いられる世の中になると、コレクションシーンではルームウェア的リラックス感あふれるシンプルウェアが発表され、2023SSシーズンではデニムを発表するブランドが多かったように、今もなおカジュアルの流れは根強いが、一方で華やかでデザイン性の強いファッションも増加している。
ドレスとジャケットを取り入れたデザインで注目のブランドとして、ロンドンを拠点に活動する「ロクサンダ(Roksanda)」を取り上げたい。セントラル・セント・マーティンズ(Central Saint Martins)卒業後、すぐに自身のブランドをスタートさせたロクサンダ ・イリンチック(Roksanda Ilincic)はシックでエレガントなシルエットに、ビビッドカラーを展開したドレスを得意としている。
だが、ロクサンダは古典的なシルエットだけのドレスを発表しているわけではない。2023SSコレクションではショーの終盤になると、非常にボリューミーなシルエットのドレスも発表し、アヴァンギャルドな匂いも感じられた。
ドレスがそうであるように、ロクサンダはクラシカルな服に強い主張のデザインを取り入れる挑戦を幾度なく見せる。ショー序盤で登場したテーラードジャケットやコートもそうだった。マットな質感の素材で仕立てられた黒いテーラードジャケットは、オーバーサイズシルエットが印象的で、肩先がドロップした姿が硬質的なエレガンスを見せている。ただし、それだけのデザインでは特別珍しくない。この黒いジャケットを特別たらしめているのは、グラフィカルな色使いだ。
ジャケット右前身頃の約2/3ほどが、黒い生地の上からパープルカラーで大胆にペイントされ、ラペルは完全に塗りつぶされて、ポケットのフラップも半分ほどが塗りつぶされていた。一方、左前身頃はオレンジカラーでペイントされているのだが、こちらはラペルが塗りつぶされておらず、右前身頃に比べて塗りつぶされた面積が小さい。
ジャケットに施されたグラフィカルな色使いを見ていると、バーネット・ニューマン(Barnett Newman)やマーク・ロスコ(Mark Rothko)といった色彩を平面的に塗りぶつして表現した、抽象絵画を代表するアーティストたちの作品が思い浮かんできた。
ラペルが幅広で、ロングレングスでクラシカルな黒いテーラードコートも、左右の両前身頃が膝あたりまでピンクとイエローで塗りつぶされ、ニューマンやロスコが描いた作品のような表情を見せていた。そのデザインは、まるで黒いキャンバスに描かれた色彩の平面的抽象絵画を思わせる。
このようにロクサンダは、ドレスとジャケットというクラシックを代表する2大アイテムに色と造形を駆使して大胆なデザインを行うのだが、モデルたちの姿を見ていると私は「モダン」という表現が使いたくなってしまう。
スタイルはまったく違うのに、ロクサンダのコレクションに私はかつてのヘルムート・ラング(Helmut Lang)に似たイメージを覚える。ラングも、ジャケットとドレスをコレクションで頻繁に発表していたが、シルエットはスレンダーで、ドレスはミニレングスであることが多く、モダンやクールという形容が非常によく似合っていた。
しかし、ロクサンダのシルエットはオートクチュール的で、ラングとはまったく異なる。それでもラングと同じイメージを感じるのは、きっとビビッドな色使いが理由だろう。ラングはホワイトやベージュ、ブラックなどのベーシックカラーをメインに使い、ショッキングピンクなど鮮烈な色をアクセントに混ぜていた。ロクサンダもブラックやホワイトなどベーシックカラーを使い、オレンジ・パープル・ブルー・イエローなどの鮮やかな色も同時に用いている。色展開の類似性が、私にロクサンダとラングが近しいデザインだと思わせたに違いない。
だが、私にロクサンダをモダンと思わせる真の理由は、今から述べることに思える。
「モダンでクラシック」という矛盾した表現が、ロクサンダにはふさわしい。このように対極の要素を一つのコレクションで同時に感じるデザインは、昨今のモードの特徴でもある。現代ファッションデザインの特徴を捉えているがゆえに、オートクチュールドレスを連想させるシルエットであっても、デザインに先端性を感じさせる。
コレクションが最先端のデザインに感じるか否かは、服がクラシックかミニマリズムかなどといった外観は関係ないのではないか。重要なのは、モードコンテクストの最先端を捉えているかどうか。例えば、仮に現在の最先端が1960年代的デザインとした場合、どんなに古典的な服に見えるコレクションでもあっても、私は新しく感じ、モダンやモードといった言葉で表現したくなるように思う。
私はロクサンダから新たにモードの秘密を学んだ。服の外観に惑わされてはいけない。服の向こう側にある文脈が、コレクションがモダンであるか否かを決める。
〈了〉