AFFECTUS No.375
ブランド創業者のヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)が亡くなってから、ディレクター不在の状態が続いた「オフ-ホワイト(Off White)」が、2022年5月にアブローの後任としてアート&イメージディレクターに指名したのが、イブラヒム・カマラ(Ibrahim Kamara)である。
カマラは1990年に西アフリカのシエラレオネ共和国に生まれ、ロンドンを拠点に活動しているスタイリスト・ファッションディレクターであり、2021年1月にはカルチャーマガジン「DAZED」の編集長に就任している。彼はオフ-ホワイトで、ショーのスタイリングを何年にも渡って手がけており、アブローとの関係性はディレクター就任以前から続いていた。生粋のファッションデザイナーではなく、カマラのような人材を抜擢するのはアブローが設立したブランドらしいとも言える。
新ディレクターのカマラによる新生オフホワイトのデビューコレクションは、2022年10月に発表された。大きな影響力を残した創業者のブランドを、カマラはいったいどのようにディレクションしたのだろうか。2023SSコレクションについて言及していきたい。
ルックを見ていくと、テーラードジャケットとドレスの登場頻度が高いことに気づく。デニムジャケットやジーンズなどカジュアルアイテムも登場するが、その数はジャケットやドレスには及ばず、アイテムだけに注目するならば非常にクラシックな側面が強いコレクションである。シルエットも極端なオーバーサイズは見られず、ルックのほとんどがスレンダーシルエットで、ストリートテイストも想像以上に薄い。では、コレクションのイメージも伝統のクラシックファッションなのかと言えば、それは完璧に異なる。
とてもフューチャリスティックな印象を受けるコレクションだ。ただし、未来といっても数十年後、数百年後の最先端未来スタイルではなく、例えるなら、かつて数百年前に存在した、現代よりも文明が発達していた古代都市といったところか。未来的でありながら古代的。そんな印象を私は受けた。そのことを象徴するのが、人体の骨をプリントしたジャケットや、ナスカの地上絵を連想させる柄をプリントしたトップスやジャケットである。この2種類の柄は私に「遺跡」という単語を浮かび上がらせ、クラシックスタイルが古代的なイメージと結びついていく。
では未来的イメージは何から受けたかというと、まず服のカッティングである。特にそれを感じたのがウィメンズウェアだった。アブローは服に穴を開けるディテールをよく披露していたが、カマラもそのディテールを継承している。ウィメンズウェアのミニドレスは、身体にフィットするシルエットで、フロントの腹部の肌を大胆に晒す円形状のカッティングによって穴があいていた。カマラはこの穴のディテールをミニドレスだけでなく、デニムジャケットやデニムスカート、テーラードジャケットなど他のアイテムにも展開していく。
なぜ穴のディテールが、私に未来的イメージを思い浮かばせるかというと、モードファッションの伝統が影響している。モードの文脈に、フューチャリスティックのイメージを最初に刻んだデザイナーはおそらく1960年代に活躍したアンドレ・クレージュ(André Courrèges)だろう。アメリカと旧ソ連の宇宙開発競争が激しかった1960年代、クレージュがオートクチュールで発表したコンパクトシルエットのミニドレスはスポーティかつフレッシュで、円形の穴をあけたディテールをドレスの身頃に施していた。クレージュの新スタイルは、1950年代の象徴であるクリスチャン・ディオール(Christian Dior)が発表したクラシカルなニュールックと見事な対比になり、未来イメージを誕生させていた。
1990年代に活躍したヘルムート・ラング(Helmut Lang)もフューチャリスティックなブランドだったが、ラングもコレクションで穴のディテールを多用しており、それが穴=未来というイメージを私の中で決定づける。
また、カマラのオフ-ホワイトでは、モデルたちが掛ける黒いサングラスが映画「マトリックス(Matrix)」のようで、顔の半分を覆うネックデザインがプロテクター的で、この二つの要素も未来イメージを抱かせる要因になっていた。
今回のオフ-ホワイトで最も鮮烈な印象を植え付けているのは、鮮烈なブルーだろう。ランウェイのフロア一面もブルーで、アイテムの多くにブルーが使用されていた。明るく爽やかな青空のブルーというよりも、海中を思わせる深く濃いブルーである。この色使いも海中世界に住む人々のファッションという、古代の遺跡的イメージを生み出していた。
カマラは、アブローがオフ-ホワイトで見せていたデザインを継承しながら、フューチャーイメージという新たな個性を投入して、新生オフ-ホワイトを印象付けた。現状、カマラのコレクションにモードの文脈的に特別な新しさがあるかというと、それはまだ強く感じられないが、クラシックスタイルを未来的かつ古代的に見せるというコレクションは今後に期待を抱かせるものだった。
まずは無難なスタートを切ったと言える。創業者が亡くなっても、ブランドが継承されていくのはモードの誇る伝統に思える。ヴァージル・アブローが見せてくれた物語の続きを、イブラヒム・カマラが綴っていく。
〈了〉