パーム・エンジェルスは怠惰で美しい

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AFFECTUS No.380

自分が普段着る服とは異なっていも、惹かれしまうファッションがある。私にとってそれがストリートウェアだった。グラフィックを多用したデザインは好き好みが別れるだろうが、色彩豊かなグラフィックがプリントされたスウェットやTシャツは見ていて楽しいし、オーバーサイズのシャツに大胆なプリントが施されていたら、きっと見入ってしまうだろう。

2023SSシーズンで一目で魅力を感じたストリートウェアが「パーム・エンジェルス(Palm Angels)」だった。フランチェスコ・ラガッツィ(Francesco Ragazzi)が2015年に設立したブランドは、ロサンゼルスのスケートカルチャーを投影したスタイルが人気を得て、瞬く間にアメリカを代表するストリートウェアとなった。

パーム・エンジェルスの2023SSコレクションで、注目したいのはシルエットとカラー。身体に程よく自由をもたらしつつ、スマートな印象を抱くシルエットが美しく、トラックスーツでさえも上品に感じられた。またピンク・イエロー・ターコイズなどの色展開も目を惹きつける鮮やかさを備えていて、ビビッドカラーで染められたピークドラペルスーツはスポーティなムードを漂わせ、スウェットやフーディと同様にカジュアルに着こなしてみたい気分にさせる。

ステンカラーコート好きの私としては、消費者視点で見た時にイエローのステンカラーコートが非常に気になった。やはりシルエットがいい。ややボリュームを持たせたストレートシルエットに野暮ったさはなくて、むしろ洗練された気品を感じる。膝にかかるレングスも好ましい。左胸にフラップ付きのポケットがあるが、スタンダードなステンカラーコートにはないディテールで、伝統のアイテムにささやかな主張を加えている。

サラリーマンが着用しているイメージがあるせいか、地味なイメージを抱かれるステンカラーコートだが、パーム・エンジェルスの一着は異なる。むしろ、インパクトがあると言っていい。ブライトイエローと呼びたいぐらいに、明るいイエローを使っており、もしこのコートを着て街を歩けば、注目を集めること必須な存在感だ。私は基本的にブラックやベージュなどベーシックカラーを好むが、ブルーやレッドのニット、グリーンのブルゾン、ターコイズのPコートなど特徴的な色のアイテムも所有しており、鮮やかな色の服がとても好きで、パーム・エンジェルスのコートは、私の趣向を見事に捉えている。

着てみたい服だったために、ステンカラーコートの語りが少々長くなってしまった。

パーム・エンジェルスには色気もある。それはイタリアンブランドのような濃厚なセクシーとは違う、上品で魅惑的なセクシーである。大胆な肌の露出はほぼないにも関わらず、緩やかなシルエットは服の下に隠れた身体のラインを想像させ、鮮やかな色使いが挑発的でもある。

グラフィックは、南国の風景をビビッドカラーで染めたようなプリントが印象的で、そこにストリートウェア特有の軽さを感じる。私が思うに、ストリートウェアに欠かせない要素の一つが、この軽さだ。より直接的な表現を用いるなら「怠惰な雰囲気」と述べる方が、ストリートウェアの持つ雰囲気と合致する。

朝6時に起床して、通勤電車に乗って出勤し、残業をこなして帰宅する。そんな生活とは対極のライフスタイルで、ルーズなリズムで働いて遊び、友人たちと楽しい時間を自由に過ごして笑い合う日々。そういった気怠い美しさがストリートウェアに感じられる。

これはネガティブな意味で言っているわけではない。人間のライフスタイルに正解はない。人それぞれにあった暮らし方が必ずある。むしろ、私ならストリートウェアから感じたイメージ通りのルーズなリズムの生活ができるなら、大いに歓迎する。

生真面目なムードのストリートウェアなどカッコ悪い。怠惰なエレガンスこそが、私にとってストリートウェア最大の魅力だ。パーム・エンジェルスは、ストリートウェア王道の美しさ「怠惰なエレガンス」を上品に、かつ色気を溶け込ませながらデザインし、オリジナリティを確立していた。

ストリートウェアの爆発的ブームは確かに終わった。だが、クラシックやアメリカントラッドのようにファッション界普遍のスタイルとなり、もう一過性のトレンドで語られるものではなくなったスタイル、それこそが現在のストリートウェアだ。

デザインの特徴に注目した時、面白さを感じるストリートウェアだが、ここまで書いてみると、私は一人の消費者としてストリートウェアに惹かれていることがわかってきた。一方で、ストリートウェアを着ることに躊躇う自分もいる。あまりにデザインが若々しく感じられる点が理由の一つだが、もう一つの理由がある。それは私がスケートやヒップホップなど、ストリートカルチャー体験をくぐり抜けてないことだった。

「陸(おか)サーファー」という言葉をご存知だろうか。意味は、ファッションとしてサーファーのスタイルやサーフボードを持っているが、実際にはサーフィンをしない人のことを指している。

古臭い考えなのかもしれないが、ストリートカルチャーを体験せずに、ストリートウェアを着ることに抵抗を感じる自分がいるのだ。どうも、私はカルチャーから発生したファッションを着るには、そのカルチャーを体験していることが重要なのではないかと考える傾向があるようだ。しかし、ファッションとして抗うことのできない魅力がストリートウェアにはある。そして、パーム・エンジェルスにも心揺れる感覚を覚えるのだ。特にステンカラーコートには。

おそらく私に、パーム・エンジェルスは似合わない。「無印良品」の店内を歩いていたら、お客に「これ、サイズありますか?」と訊ねられた人間なのだから。

だが、似合う似合わないよりも、自分が着たいファッションを着ることこそが、最も大切ではないか。自分が心の底から着たいと思う服を着ている姿は、きっと誇らし気で輝いている。もし、私がパーム・エンジェルスの服を購入する日が来たら、その際にはアイテムの魅力をここで、濃厚に重々しく語っていこう。

〈了〉

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