AFFECTUS No.381
真新しい才能がデビューする瞬間を見ることは、ファッションの醍醐味で非常に楽しいが、歴史あるブランドがデザインを進化させる瞬間を見ることも、これまた楽しい。後者の面白さを現在の私にもたらしてくれているブランドが、「トミー・ヒルフィガー(Tommy Hilfiger)」である。
「ラルフ・ローレン(Ralph Lauren)」や「カルバン・クライン(Calvin Klein)」と同様に、アメリカを代表するブランドであるトミー・ヒルフィガーは、1985年創業の40年近い歴史を持ち、デザイナーのヒルフィガーも、現在71歳ながら現役として第一線で活動している。個人的なことを述べると、頻繁に着用していたわけではないが、子どものころにトミー・ヒルフィガーを着ていた記憶があり、私にとっては懐かしさを感じるブランドでもある。
そんな懐かしさが一因かもしれないが、私にとってトミー・ヒルフィガーは「過去のブランド」になってしまい、積極的にコレクションを見ることもなく、勝手に今ではもう古びた印象のブランドだと思っていた。アワードジャケット、チルデンニット、ストライプシャツ、ジーンズという王道のアメリカンカジュアルウェアを、特別新しい感覚でデザインするのではなく、昔の価値観のままデザインする。誤解を恐れず正直な気持ちを言えば、それが私が抱いていたトミー・ヒルフィガーのイメージだった。
だが、今から5年前の2017年9月、他のブランドから半年遅れて発表された2017AWコレクションを見ると、意外な印象を抱く。登場するルックはかなりアグレッシブなデザインで、人物像も若返り、伝統のアメリカスタイルを強く若く魅せるスタイルに変貌していたのだ。若返りを感じた要因は、当時のトレンド「ダサいことがカッコいい」を取り込んでいたことにある。
2018SSコレクションでもそれを実感した。このシーズンに発表されたルックも非常に若々しく新鮮だった。ビビッドな青や赤を大胆に配色した半袖ラガーシャツは、ドロップショルダーのオーバーサイズで、ラガーシャツの下には白・赤・青のストライプシャツをレイヤードし、シャツ・オン・シャツという攻めたスタイリングを披露。
別のルックでは、フライトジャケットを着用し、赤い編み地のクルーネックニットをレイヤード。ニットのフロント中央には大胆なグラフィックが配置され、ストライプシャツをニットの下に着てシャツの裾を、ニットの裾から出していた。ボトムは腰履きのチノパンツで、裾がロールアップされ、「ジョージ・コックス(George Cox)」のようにソールの厚いシューズを履き、正統派の着こなしが堅苦しく感じられる、だけど上品さも感じられるという、不思議なアメリカのカジュアルファッションだった。
アメリカントラディショナルと、ダサいことがカッコいいという当時のトレンド(今も続いている美意識だが)をミックスし、「シャープでクール」というカッコよさとは違う価値観の、ルーズなシルエットと知的で綺麗なムードを併せ持つエレガンスが生まれていた。
元々、トミー・ヒルフィガーにはダサさがあった。それはユーモアと言い換えてもいいセンスである。「そんなに決めすぎるなよ、力抜いて楽しもうよ」とでも言うようなユーモアだが、その感覚が時代とあまり合ってないと以前の私は感じていた。しかし、ブランドの体制か、それとも別の何かが変わったからなのか、あるいはデムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)の登場で時代が変わったからなのか、理由は定かではないが、トミー・ヒルフィガーのダサさ(ユーモア)が、時代とイコールの空気になっていたのだ。
この二つのコレクションを契機に、私のトミー・ヒルフィガー観は一変する。
最新2023SSコレクションでも、トミー・ヒルフィガーのフレッシュな世界観は健在だった。以前よりもオーバーサイズ感は増し、よりルーズなイメージが強くなる。ジャケット&パンツルックが発表されるが、シルエットの緩さと素材感がまるでスウェットのシャツとパンツを着ているかのような、ルームウェア的雰囲気に満ち満ちている。
カレッジテイストのプリント、オフショルダーに近いネックラインのチルデンニット、パッチが所々に縫い付けられたアワードジャケット、お馴染みのラガーシャツとストライプシャツ、アメリアの王道カジュアルウェアを若いモデルたちが、オーバーサイズでルーズに着こなす姿にはスポーティな雰囲気も生み出し、非常に軽快かつ爽快で、だけどふてぶてしさもを感じる、若さにあふれるファッションだった。
トミー・ヒルフィガーが現代的なデザインに生まれ変わった最大の要因は、トレンドの吸収にあると考えている。ブランドが持っていた、アメリカ伝統のファッションをユーモアに見せるセンスを、ダサさが新しいカッコよさとなったトレンドと融合させて、時代性に乗ると同時にブランドの個性を確立するという、ファッションデザインの理想を叶えた。
トレンドを捉えて独自に解釈するスキルは、ファッションデザイナーにとって非常に重要だ。ファッションとは、トレンドの解釈の面白さを競い合うゲーム。そういう側面があると、私は思っている。
「歴史を重ねたブランドは、どう進化すればいいのか?」
そのヒントを、若々しく美しくなったトミー・ヒルフィガーが見せてくれている。
〈了〉