トッド・スナイダーが渋く美しい

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AFFECTUS No.384

2017AWシーズンを最後に、「トッド・スナイダー(Todd Snyder)」が直営店舗を日本市場から撤退させてから約5年。日本では、もう注目度が薄れてしまったブランドの一つかもしれない。しかし、2023SSコレクションで披露されたスーツは、スナイダーのエレガンスが健在であることを証明していた。

魅惑的な服というのは、一目見た時にイメージを掻き立てる。このシャツやニットを着る人がどこにいて、どんな生活をしているのか、そんなふうに最新ルックを着用した人間の姿と暮らしを、一瞬にして想像させる服にこそ人の心を捉えるパワーが宿る。

スナイダーは私に想像させる。砂漠のリゾート地で、優雅に休暇を過ごす男たちの姿を。現代社会の忙しなさや慌ただしさとは無縁の場所で、1時間を3時間にも4時間にも感じられそうなほど時間が、ゆったりと流れていく一日。現代のラグジュアリーとは、高級で高額な品物を手に入れることではなく、時間を贅沢に使うことではないか。スナイダーのシャツブルゾンや、ツータックのデニムパンツを着用する男性モデルたちに、嫉妬していまいそうだ。私も無為に過ごす日々をおくりたい。

先述したロールアップしたデニムパンツはワイドシルエットを形作り、ウェストから伸びる2本のタックが大腿部にゆとりを持たせ、パンツの股上も深く、身体に負荷を与えないボリュームが、カジュアル素材で作られたパンツを品格が匂う1本に見せる。

私の目を最も惹きつけたルックは、おそらくシアサッカー素材を使ったであろうダブルのスーツだ。細いストライプが連綿と入ったライトグレーのスーツは、スコット・フィッツジェラルド(Scott Fitzgerald)の作品に現れそうなほどに渋く美しい。パンツのウェスト位置はやや高めで、ジャケットのピークドラペルは幅広のデザインで、いずれもクラシックな香りであふれている。

ジャケットに合わせたワイドカラーの白いシャツの襟元には、濃いグレーのネクタイが締められ、スーツの薄いグレー・シャツの白・ネクタイの濃いグレーという曖昧なニュアンスの色変化がなんともエレガントだった。

ベージュ、オフホワイト、ブラウンと、スナイダーが使う色はナチュラルで優しく、刺激が一切感じられない。それは服そのものにも言え、柄素材も積極的に使っているのだが、無地素材のように穏やかなでおとなしい。スナイダーの服を着た男性モデルたちは非常に色っぽいのだが、刺激的で欲情的というわけではない。色気を出そうとしているのではなく、自然と滲み出ている類の色気なのだ。

コレクションを見ていると、スナイダーというデザイナーは服が本当に好きなのだろうと実感する。新しい服を作ろうとしているのではなく、自分の愛する服を丁寧に丹念と磨き上げていく。スナイダーのジャケットには、そんな職人的気質が備わっている。

年齢を重ねてくると、若いころは魅力的に見えたデザイン性の強い服が、次第にくどくなってくる。私流の表現で言えば、昔は好きでよく食べていた家系豚骨ラーメンを久しぶりに食べたら「美味しいんだけど、もうしばらく食べなくていいや……」と思うのと似ている。代わりに食べたくなるのは、複雑な出汁を取りながらも、こってりさとは無縁で深みのある味を堪能させるラーメンだ。お店で言えば、銀座「八五(はちごう)」のようなラーメンになる。ああ、久しぶりに食べたくなってきた。

スナイダーの服には、素材やシルエット、ボタンやポケットなどの副資材やディテールを吟味したくなる、味わい深さがある。ファッションは常に新しさを求めていくが、常に新しさが着たいわけではない。そう思う人、そう思う瞬間がある。新しさよりも美しさを着たい時があり、そして、スナイダーは美しさに渋さを加えている。

スーツを着ていても、それは仕事のためじゃない。優雅にくつろぐために、シャツを着てネクタイを締める。ありえないと思う服が、アヴァンギャルドな造形とは限らない。クラシックな服であっても、異端になりえる。トッド・スナイダーは、その渋い美しさでメンズウェアの常識を書き換えていく。

〈了〉

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