メゾン マルジェラよりも惹かれるMM6 メゾン マルジェラ

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AFFECTUS No.387

複雑なパターン、迫力あるフォルム、色彩豊かなグラフィックが見られる服は、非常に魅力的だ。だが、視覚的にインパクトのあるデザインばかりがモードの面白さではない。地味でシンプルに見えたはず服に心が揺り動かされる。そんな瞬間を味わえるのも、モードの醍醐味である。その体験を味わせてくれたのが、「MM6 メゾン マルジェラ(MM6 Maison Margiela)」(以下、MM6)の2023Pre Fallコレクションだった。

最初に述べておこう。このコレクションに、人目を一瞬にして惹きつけるダイナミズムはない。現在の「メゾン マルジェラ(Maison Margiela)」が西洋の歴史上に点在する服を現代に甦らせたような、ドラマティックなコレクションを発表しているのに比べ、コマーシャルラインとも言えるMM6は、現実に即したリアルかつデイリーなコレクションを発表している。

今回のMM6もブランドコンセプトに沿った、現実に即したコレクションを発表した。しかし、私はメインラインのメゾン マルジェラに勝るとも劣らない、いや、ある意味、メインラインを上回る魅力をこのPre Fallコレクションから感じてしまった。

そのように感じた最大の要因は、Pre Fallコレクションが2000年代の「マルタン・マルジェラ(Martin Margiela)」を思い起こす空気を持っていたからだろう。服の一点一点に、ダイナミックなデザインはない。パターンの作り方に少々面白さはあるが、シルエットは基本的にシンプルで、素材も色使いはベーシックで、加工などの特殊性も見られない。Gジャンやジーンズ、フーディにテーラードコートなどベーシックアイテムが軸となり、いずれのアイテムのデザインも、ベーシックアイテムの枠を逸脱しない領域にとどまるシンプルさである。

3番目に登場する全身ブラックのルックは、オーバーサイズのレザーシャツに、同素材で作られたストレートシルエットのパンツを合わせているだけで、足元にアッパーのデザインが面白い黒いシューズがスタイリングされているが、服に焦点を当てると目新しい要素は皆無だ。しかし、なぜかこのルックから目を離すことができない。

私が今回のMM6を見ていると、デムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)が手がける「バレンシアガ(Balenciaga)」が浮かんできた。現在のバレンシアガは、これまで幾度も触れてきた通り、初期のストリート要素強いデザインから変化を遂げ、テーラードを中心に据えたクラシックな服をストリートテイストのシルエットで作り込み、SF世界観を融合させたコレクションを完成させている。ダークかつSFで、ストリートシルエットで作られたクラシックウェアが、現在のバレンシアガである。

今回のMM6が見せたコレクションは、バレンシアガを構成する「ストリートシルエット」と「ダーク」という要素を引き継ぎ、スタイルをクラシックからカジュアルに転換させ、SF世界観はそぎ落とし、日常に着るための服という側面が押し出されていた。MM6のコレクションには、スーツやテーラードコートなどのクラシックアイテムは登場しているが、基本的にカジュアルスタイルの要素が強く、一見するとダークカラーを多用した地味なカジュアルスタイルで、派手なグラフィックを使用しないストリートウェアとも呼べるデザインを披露していた。

この手法が、非常にマルタン・マルジェラと似ている。すでに存在している服(スタイル)をピックアップし、その要素を分解し、引き継ぐものと引き継がないものを選別することで、結果的に既存の服やスタイルと似ているようで、しかし、どこか何かが違う、服は新しくなくともニュアンスが新しく感じられる服を作り出す。それが、2000年代のマルタン・マルジェラだった。

ニュアンスを新しくするマルタン・マルジェラの手法で生まれた服に驚きはない。だが、かすり傷のように心に引っ掛かりを残す。2000年代のマルタン・マルジェラは、コレクションを見た者の心に革命を静かに起こしていく。私がかつて体験した現象を、MM6の2023Pre Fallコレクションから感じることができた。

また、今回はルックの発表方法も2000年代のマルタン・マルジェラを思い浮かべる。白い布地を壁と床に敷き詰め、布のドレープが垂れる白い背景の前に、モデルたちがシンプルなポーズで立ち、ルックの右端にはアイテムのキャプションが英語で添えられている。このルック構成が、実に2000年代のマルタン・マルジェラらしい。

2023Pre Fallコレクションがどのような意図で作られたかは不明だが、メゾン マルジェラではなくマルタン・マルジェラに近いデザインでコレクションが制作されていた。しかも、懐かしさを感じさせるだけのコレクションではない。現代モードの文脈に別の解釈を加えて新しい服を作るという、コンテクスト的デザインのアプローチを披露してくれた。

ここにきて、マルタン・マルジェラが2001年ごろに発表していたメンズラインを見ていた際の感覚が蘇ってきた。あのころのメンズラインを、ストリートウェアを軸に作り変え、ウィメンズウェアも作り込む。そんな側面を感じられたMM6のコレクションだ。

今コレクションから、もう一点だけルックをあげるとしたら、27番目に登場したグレーのスーツだろう。ジャケットのデザインが非常に面白い。外観は珍しさは何もないシンプルなピークドラペルの2つボタンジャケット。しかし、ボタン位置が異様に高く設定されている。一見すると3つボタンのジャケットに見えるほど、ボタン位置が高い。そして肩幅が微妙に大きく作られ、ジャケットの上部が大きく広く見え、アンバランスが微妙に作り込まれている。

現在世に出回っている2つボタンジャケットに、このようなバランスのデザインを発見することは、きっと難しいだろう。特別なことは何もしていない。2つボタンの位置を高くし、肩幅を少し広くする。ただそれだけだ。しかし、誰にもできる容易な方法で、世の中にはない新しさを作るのがマルタン・マルジェラなのだ。

見た瞬間、こう思う。なぜ、このアイディアを今まで思いつかなかったのだろうか、と。人間が気づくことのできない、心の隙間に落ちていたアイディアを世界でただ一人すくい上げる。それがマルタン・マルジェラというブランドであり、デザイナーだった。

伝説のデザイナーに根付くDNAを見せてくれた今回のMM6。いったい、どのような背景で、何を思考しながらコレクションが制作されたのだろうか。謎を残してくれる体験も、実にマルジェラらしい。次シーズンのMM6に注目しよう。

〈了〉

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