AFFECTUS No.391
「クリップクロップ」という生地会社を知っている人がいたら、その人はファッション業界の中でもメディアではなく、企画や生産管理といった服づくりを仕事にしている人ではないだろうか。ウェブサイトは存在せず、規模も小さいクリップクロップだが、業界内では非常に有名な生地会社で、上質な原料を用いた綺麗めな生地が素晴らしく、高級感ある生地が評判だった事業はテキスタイルだけにとどまらず、ファッションブランドの運営も開始する。
これまで手がけたブランド数は3つと非常に少ないが、いずれも人気ブランドへと成長した。中でも「オーラリー(Auralee)」は業界を席巻し、デビューから瞬く間に超人気ブランドとなり、オーラリー以前には「キャプテンサンシャイン(Kaptin Sunshine)」もスタートさせ、人気ブランドとなっていた。
そのクリップクロップが、バックアップした3つ目のブランドが「ウェルダー(Wellder)」で、私はデビューシーズンから注目しており、そのコレクションを非常に好意的に見ている。
「ネーム(Name.)」のデザイナーだった清水則之が、2019SSシーズンにスタートさせたユニセックスブランドのウェルダーは、ストリートのエッセンスとワークウェアのエッセンスを取り込み、程よいモード感で仕立て上げた若者のための服だと言える。
ワークウェアを連想させるアイテムやディテールは散見されるが、ワークウェアが元来持つ泥臭さは削ぎ落とされ、軽快に颯爽とデザインされている。シルエットは、トップスもボトムもアウターもすべてがビッグシルエット。正確な印象を言うならば、オーバーサイズだろうか。痩身の若者が、あえて1サイズ上、2サイズ上の服を着ている。そんなストリートらしいボリューム感なのだ。
色使いも基本的にはベーシックだ。突飛な色が使われることはほとんどない。ブラック、グレー、ベージュ、オリーブ、ブラウンとベーシックウェアに用いられる色を多用し、時折ブルー系やレッド系の色が差し色として挟み込まれる。柄については毎シーズン使われており、ミニマルブランドのように無地の生地で徹底しているわけではない。
顕著なのはチェック生地だ。シャツやパンツ、コートなど様々なアイテムにチェック生地を使用して、オーバーサイズアイテムのカジュアル濃度を一気に上げていく。私の中でウェルダーというと、チェックという印象が強いぐらいに、コレクションでは印象的な素材だ。
服の印象はカジュアルだが、作り込みは非常に凝っている。一見シンプルに見えるワークブルゾンであっても、身頃の切り替え本数を増やしたり、異素材切り替えを起こしたりなどして、シンプルなデザインに収めない工夫がなされている。ただし、確かに凝ったディテールではあるが、重々しさを感じさせないことがウェルダーの特徴でもある。
服の作り込みで言えば「サカイ(Sacai)」や「カラー(Kolor)」は複雑なパターンワークで、ジャケット・カーディガン・シャツが一体化したような、1着の服でレイヤードの錯覚を抱かせる重層的デザインを展開するが、ウェルダーのデザインは技巧は感じさせても、レイヤード的デザインは行わず、パターンの取り方に工夫を施すなどの、1着の服の構造を書き換えるといった具合に軽めに仕上げている。
「ただのベーシックウェアではつまらない。だけど、凝りすぎたデザインも好きではない」
そう思う人に、きっとハマるデザインがウェルダーだ。
ウェルダーの魅力はバランスにある。強いデザイン性に振り切れているわけではなく、かといって王道のミニマルウェアというわけでもない。人物像に関しては若者のイメージが強いけれども、ルックによっては私のような40歳過ぎの人間でも着たいと思わせる、落ち着きのある服がデザインされている。カジュアルウェアだが、泥臭さやルーズは感じられず、スポーティウェアのような軽快で綺麗な外観が作られているし、ウェルダーは極端な方向へ振れることがない。そのバランスが心地よく、美しい。
モードは主張の強い服だ。しかし、パリで発表されているような強烈なモードを、常に求めているわけではない。この現実世界から、ほんの少しだけ逸脱できる。そんなモードウェアがあってもいい。ウェルダーは、世界の隙間を埋めていく。
〈了〉