砂漠を泳ぐジャックムス

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AFFECTUS No.392

サイモン・ポート・ジャックムス(Simon Porte Jacquemus)の「ジャックムス(Jacquemus)」が、シーズンを重ねるごとに成熟味を増している。現在、ジャックムスはパリ・ファッションウィークの公式スケジュールからは離脱し、独自のカレンダーで最新コレクションを発表しているのだが、昨年12月に発表された最新2023SSコレクションは、おそらくモードシーンで最も遅く発表されたSSコレクションになるだろう。

デビュー当初のジャックムスの印象は、フォルムに独自性を帯びたアヴァンギャルドブランドだった。しかし、近年のコレクションからはそのようなイメージを感じることはない。極めてノスタルジックで、優雅な美しさを誇るスタイルを発表し、コレクションを見る度に幻想的な気分に浸らせてくれる。今回の2023SSコレクションでも、ジャックムスのノスタルジーに満ちたエレガンスは健在だった。

テーラードとドレスを軸に構成されたコレクションは、かつてのマルタン・マルジェラ(Martin Margiela)時代の「エルメス(Hermès)」を思い起こす、優美でエターナルな美しさだ。しかし、ジャックムスはマルジェラ・エルメスよりもパターンワークに冴えを見せ、装飾性を披露している。

ジャックムス最大の特徴は、カッティングにある。デビュー初期は、先述したようにアヴァンギャルドでインパクトのあるフォルムの構築に、カッティングの技巧が発揮されていたが、現在はデニムやシャツなどリアルアイテムの形態を崩さずに、カッティングの技巧を発揮するアプローチへ移行している。

コレクションを見ていて感じるのは「誇張」だ。服のシルエットそのものは、シンプルなのだが、ショルダーが大きくドロップしていたり、コートの衿が着物の抜き襟が巨大化したようなデザインになっていたりと、服全体でデザイン性を強めるのではなく、服の構成要素の中から対象を絞り、袖・衿・ボタン位置などに大きな変化=誇張を加え、シンプルなシルエットでインパクトを強めるデザインの開発に成功している。

外観的には至ってベーシックな形のデザインもあるが、そんなケースでもバランスを新しくするデザインが施されている。たとえば、今回のコレクションでは53番目に登場したイエローカラーのテーラードジャケットは、形だけを見れば特別変わった点はない。だが、ヒップを隠すほどにレングスを長く伸ばし、その一方でジャケットの顔であるVゾーンをかなり高い位置に持っていき狭めるという不思議なバランスを披露し、ベーシックジャケットを印象深いアイテムに作り変えていた。

ジャックムスのコレクションには、スイムウェア的アイテムが登場するが、今コレクションでも発表されていた。通常、ファッションは肌の露出が増えれば、性的刺激を与えるセクシーなイメージが感じられてくるものだが、ジャックムスは異なる。非常に健康的で、スポーティなのだ。もしくは、リゾート地でスイムウェアを、シャツやスカート、ショートパンツと組み合わせて過ごすような、デイリーなファッションスタイルとしてデザインされ、性的刺激が消失している。

セクシーを感じさせない理由に、色使いも大きな役割を果たしているように思う。ジャックムスが多用する色は、イエロー・オレンジ・ベージュなどの系統が多く、私はそれらの色で染まったジャックムスのジャケットやスカートを見ていると、夕陽に染まった砂漠のような穏やかさに包まれていく。雄大な自然を服として具体化したコレクションとでも呼べばいいだろうか。しかし、決してアヴァンギャルドではなく、日常のファッションからは逸脱していない。現実世界の中で幻想を見せてくれる体験が、ジャックムスにはある。

公式スケジュールから離れて発表するようになってから、ジャックムスのショーには農場や麦畑のイメージを抱くことが多くなった。今回のコレクションも、フロア一面に藁のようなものが敷き詰められ、上空からも藁が雪のように降ってくる演出がなされ、非常に魅惑的だった。今回はデニムアイテムが幾度なく登場するのだが、黄金色に染まったショー空間とデニムブルーのコントラストがとても印象深く、色の対比とはこんなにも美しいものなのかと私は実感した。

牧歌的でドラマティックなスイムウェアな服は、「砂漠を泳ぐ」という不思議なフレーズを私に思い浮かばせた。ジャックムスに袖を通せば、いつもの日常は幻想の世界へと変わる。人生で一度は着て見たい服。それが、私にとってのジャックムスである。とりわけシャツの着用に心惹かれる。ああ、改めて見るとニットもいい。サイモン・ポート・ジャックムスが見せるファッションの夢に、私はじっくりとしっとりと惹かれていく。

〈了〉

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