ヤン ヤン ヴァン エシュを着て眠りたい

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AFFECTUS No.397

2023年1月10日から13日まで開催された第103回「ピッティ・イマージネ・ウォモ(Pitti Imagine Uomo)」(以下、ピッティ)。ゲストデザイナーとしてマーティン・ローズ(Martine Rose)が招待され、2023AWコレクションをランウェイショーで発表したことは、前回のNo.225「マーティン・ローズと映画『アウトレイジ』」でお伝えしたが、もう一人のデザイナーがピッティで最新コレクションを発表している。

そのデザイナーの名は、ヤン= ヤン・ヴァン・エシュ(Jan Jan Van Esshe)。2003年にアントワープ王立芸術アカデミーを卒業し、自身の名を冠したシグネチャーブランド「ヤン ヤン ヴァン エシュ」をスタートさせたのは2010年で、デビューコレクションのタイトルは「YUKKURI(ゆっくり)」と日本語から名付けられたものだった。

ピッティで発表されたコレクションでも、エシュの象徴である流麗なシルエットと布が泳ぐボリュームは健在で、私は発表された服に対して、淡い染色が施された禅僧の衣服という印象を受けた。

ベージュ、オフホワイト、ライトグレー、いずれの色も優しく柔らかい。見ているだけで、目が癒されていく。ブラックも使われているが、エシュの黒い服に強さは感じられない。他の色と同様に柔らかさが滲み出すブラックだ。エシュのコレクションを見ていると、着用する人間が個性を表現するための服というよりも、着用する人間の心を癒すための服に思えてきた。袖を通すだけで、ささくれ立った胸のざわつきもいらつきも、穏やかに静まっていく。

私が今回のコレクションでエシュの魅力を最も感じたのは、ランウェイを写したルック写真ではなく、バックステージでモデルたちを撮影した写真だった。エシュの服を着て、ショーの始まりを待つモデルたちの顔に笑顔はない。しかし、緊張感が滲んでいるようにも見えない。凛々しい表情が美しい。2023AWシーズンの最新ウェアだというに、まるで数年、十数年と着てきた服のように身体に馴染んでいる。エシュは、時間をカットして新しいアイテムを作り出す魔法でも持っているのだろうか。

私の頭の中に、新たなイメージが生まれてきた。

街を歩く時、リビングで寛ぐ時、ベッドで眠る時、人間は様々な場所や状況に応じて服を着替える習慣を持つ。だが、エシュを着ていれば、着替える必要はないのではないか。緩やかなシルエットのコートに身体を包まれたまま、眠りにつきたい。一度着てしまえば、着替えることはできない、もう着替えたくない。サンドカラーの服と共に一生を過ごしたい。ピッティで発表されたワイドパンツやロングレングスのトップスが、心地よさを訴えてくる。

「この服があるから、自分は落ち着いていられる」

そんなふうに思えたなら、脱ぐことをためらっても不思議ではない。

興奮を覚えないモード。それが私にとってのヤン ヤン ヴァン エシュ。日曜の朝、エシュのニットと共に目覚めたい。

〈了〉

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