AFFECTUS No.400
モードと聞けば、常に新しさを追求するファッションを思い浮かべる。新シーズンの開幕が迫ってくると、期待で胸が高鳴っていく。モードの新しさには中毒性がある。その面白さを知ってしまうと、もう離れることはできないし、モードの深淵に誘い込まれ、抜け出すことができない。
「今までに見たことのない服、これまで見てきた服とは何かが違う服」
「新しい服とは何か?」と訊ねられたら、私はそう答えるだろう。だが、「Y-3(ワイスリー)」が2023AWコレクションで発表した服は、これまで私が見てきた新しい服とは異なるものだった。
ルックを見るなり瞬時に感じたのはアナログな感覚で、「古い」という表現が似合うデザインだった。この言い方に、ネガティブな印象を持たれた人がいるかもしれない。だが、ここに私はポジティブな意味を込めている。モードのデザインの文脈を更新するポジティブな意味がある。それがいったいどういうことなのか、これから話していきたい。「これぞモード」だという新しさを、山本耀司は感じさせてくれたのだ。
シグネチャーブランドの「ヨウジヤマモト(Yohji Yamamoto)」では、クラシックな服をデザインする山本だが、ご存知の通りY-3ではスポーティなモードウェアを披露する。 世界でもトップクラスと言えるカッティング技術は、2023AWシーズンでも健在だ。
今回のルックはシルエットがボリューミーだが、いわゆるストリート的ビッグシルエットとは少々趣が異なる。ビッグシルエットは文字通り服の量感が巨大化し、身体の上で布が泳ぐ。だが、今回のY-3が披露したシルエットは、確かに布の量感が巨大化した服ではあるが、筋肉がパンプアップ(筋肉が膨らむこと)した姿をイメージさせるデザインなのだ。大胸筋や三角筋、僧帽筋が肥大化した身体を、黒い布が覆う服。それが今回のY-3だった。山本は肉体の強さをデザインしているようだ。
非常に印象的なシルエットだったが、私はそこに新しさを感じたわけではない。私が新しさを感じた箇所は、「アディダス(Adidas)」が誇るスリーストライプスだった。黒い服の上を走る白いスリーストライプスに、私は意識が持っていかれる。
山本は、白い三つのラインに特別なデザインを施しているわけではない。ジャケットの身頃に特徴的な配置しているわけではないし、ラインが蛇行しているわけでもない。スリーストライプスは、トップスの袖の側面とパンツの側面にプリントされていた。非常にオーソドックスな配置で、それが「古さ」を感じた理由だった。
今ではジャージを「トラックスーツ」と呼ぶことは珍しくなくない。だが、Y-3が見せたスリーストライプスのデザインは、ジャージが「トラックスーツ」ではなく、「ジャージ」と呼ばれていた時代のデザインを、現代的解釈で取り入れて作ることはせず、当時の服のまま現在に持ってきたものに見えた。そんな古さが、私にとっては非常に新鮮だった。
過去の服からインスパイアされ、新しい服をデザインすることは王道の手法だ。その際、過去の服をそのまま再現するのではなく、現代的な解釈で、今の時代に合うデザインに調整する。たとえば、1990年代ではスリムなシルエットだった3つボタンジャケットを、2023年の今なら厚い肩パッドを入れ、ドロップショルダーのオーバーサイズで作るといった具合に、現代ファッションのエッセンスを過去の服と融合させる。そうすることで、古さは新しさを獲得し、現代にマッチする服へと生まれ変わる。
だが、私は山本のデザインしたスリーストライプスのアイテムには、現代的解釈の新しさを感じなかった。
「手を加える必要がどこにある?このままでいいじゃないか」
山本がそう語りかけてくるようなデザインなのだ。
私は「スリーストライプス」と言うことにも違和感を感じ始める。この言い方はあまりにオシャレすぎる。オシャレワードは似合わない。「3本線」と呼ぶのが最もふさわしい。山本が見せてくれたのは、中学生の時に体育館で着ていた白い3本線の黒いジャージだった。
厳密に言えば、先ほど述べた通り、今コレクションで発表された服は山本の天才的カッティングが施され、デザイン性が非常に強い。しかし、アナログな白い3本線の存在感はモードの匂いを薄くさせるほどに強く、私は昔見たジャージをどうしても思い出してしまう。
過去の服を過去のままに発表して、新しい服とする。これはマルタン・マルジェラ(Martin Margiela)の手法であり、そこだけを見れば今回のY-3は先端的だったわけではない。しかし、山本は過去の服を過去のままに発表したのではなく、シルエットにモードな味付けを大胆に加えながらも、古さを古いまま表現することに成功した。これは、マルジェラ文脈の更新だ。
新しくないことが新しい。マエストロはまたもモードの歴史に喧嘩を売る。
〈了〉