AFFECTUS No.401
ジョナサン・アンダーソン(Jonathan Anderson)は異能と呼ぶにふさわしい才能の持ち主だ。2023AWシーズン、「ロエベ(Loewe)」はリアリティを持たせた異形のフォルムで、驚きを提供してくれた。今回、アンダーソンは特別なことは何もしてない。誰にでも実践可能な、実に簡単な方法を用いて、ミニマリズムの文脈に新たな解釈を刻む。
ミニマリズムと言えば、使用する色はブラック、ホワイト、ベージュなどのベーシックカラーで、素材に柄やプリントはほぼ使わず、装飾的ディテールも排除したシンプルでクリーンなウェアを思い浮かべる。今回のロエベも、まさにミニマルな服だった。
ただし、いくつかの点で注目のポイントがあげられる。まずは色使いである。ブラック、ホワイト、グレーといったミニマリズム必須カラーを使用し、差し色としてイエロー、ライトブルー、パープルが淡く優しいトーンで展開され、クールなミニマリズムウェア特有の冷たさは感じられず、温かみが滲んでいた。
ブラウン系のカラーは起毛感のある素材に使われ、生地の表面の軽やか毛羽立ちが、シックなはずの色から重厚さを取り払う。シャンパンゴールドの素材も使用されていたが、豪華な雰囲気は一切感じられない。理由は、素材の質感にアルミ箔を連想したからだ。しかし、決して安っぽい印象を抱いたわけではない。ラグジュアリーではないが、チープとも違う。素材の特徴をありのままに生々しく使う。そういったアプローチの素材使いに思えた。
フォルムは基本的にシンプルだが、異形のアクセントが入っている。身頃そのものが釣鐘を連想させるフォルムのコート、袖口がこれまた釣鐘状に形作られたコートなども登場する。アンダーソンならではの奇妙かつ簡素なフォルムの特徴が最も現れていたのは、まるで3Dプリンターで制作したようなジャケットとコートだった。縫い目がなく、一続きに続いているように錯覚させるフォルムは、布地とは別の素材で作られた、服の形をした服とは別の何かに見える。今回、黒い瞳が失われた白目状態のモデルが登場するのだが、3Dプリンターフォルムを着た姿は宇宙人的な印象も抱かせた。
このようにアンダーソンのシンプルウェアは、服の隅から隅まで奇妙な形に作り上げるのではなく、ポイントを絞って異端なフォルムをデザインする。服のパターンを決して複雑に作り込まないにも関わらず、見る者に違和感を植え付けるコレクションは、「リアルなアヴァンギャルド」と呼ぶにふさわしい。
ミニマリズムと言えば削ぎ落とす手法が一般的だが、アンダーソンが選んだのは「追加」という逆のアプローチだった。だが、加えているものはディテールや素材などの具体的要素ではなく、宇宙人や3Dプリンターなどの「イメージ」だ。服の構造はシンプルに作るが、イメージに重なりを持たせることで、コートやジャケットなど服自体には重々しさを感じないにもかかわらず、奇妙な空気を持つミニマルウェアを完成させていた。
しかし、ここまで述べてきた手法のほとんどは、以前にもアンダーソンは披露しており、私は特別な驚きを感じていなかった。私が驚いたのは、もっと別の場所にあった。
今回のロエベは、モデルがコートだけを着用してパンツは穿いていないように見えたり、ショーツ一枚だけを穿いてコートを羽織ったり、長袖のオーバーサイズニットを着て、脚にはタイツだけを穿いているようにしか見えなかったり、通常のファッションから考えれば、着用する服の数が少ないルックを数多く発表した。
私が驚いたのはまさにこの点だった。着用する服の数が少なかったのだ。
たったそれだけのことと思われるかもしれない。しかし、異形のフォルムをシンプルに作るアンダーソン得意のアプローチに、着用する服の数を減らすという、この単純で誰にも考えつきそうな、究極にシンプルな手法を組み合わせることで、ロエベの2023AWコレクションはミニマリズム的でありながら、これまでのミニマルスタイルとは一線を画すデザインに到達する。
アンダーソンは不思議な才能を持っている。複雑なパターンや大胆な素材を使うわけでもなく、一つのアイデアやシンプルな造形で不可思議な違和感をデザインする。改めて思うのは、日本とヨーロッパにおけるデザインの違いである。これはあくまでデザイン状の違いを述べるものであって、どちらが良いか悪いか、優劣などを語るものではない。
私は日本のファッションデザインは、時間とエネルギーが注ぎ込まれたものが評価される傾向を感じている。「100時間以上を費やして作りました」、「1000個のパーツから作られています」といったように、完成までに費やした時間とエネルギーの大きさが評価の基準に組み込まれている印象なのだ。
一方、ヨーロッパのファッションデザインはアイデアで勝負しているブランドが多い。アイデアを具体化する手法は驚くほどシンプルで、誰にでも実践可能な技術であることも多い。
私自身、実体験したことがある。今から20年以上前、2000年に私は「マルタン・マルジェラ(Martin Margiela)」が東京の恵比寿に世界で始めたオープンしたブランドショップで、テーラードジャケットを購入した際、会計時にショップスタッフからコルクの栓をネックレスに仕立てたアクセサリーをもらった。
感銘を受けるとは、あの瞬間を言うのだろう。コルク栓をネックレスにしただけのシンプルな作りのアクセサリーに、私はこれまで見たことのないものを見た感動を覚えた。コルク栓をネックレスにするという発想は、誰でも思いつきそうだ。しかし、あのアイデアを具体化したモードデザイナーは、当時のファッション界にはいなかった。マルタン・マルジェラただ一人だった(もしかしたら私が知らないだけで、世界のどこかにいたかもしれないが)。
シンプルなアイデアで驚きを創造するデザインは、マルジェラに限らず、ヨーロッパのデザイナーに散見される傾向である。今回のアンダーソンもそうだ。そして、私はアイデアで勝負する服が好きだった。高級素材を使っていなくてもいい。縫製は基準のレベルを超えてれば満足。だけど、驚くほどに新しさを覚えるアイデアの服。多くの点でロエベの2023AWコレクションは、私の趣向にマッチするデザインだった。
やはり、ジョナサン・アンダーソンは計り知れない才能を持っている。まだまだ、彼には何かがあるかもしれない。世界を驚かす何かが。
〈了〉