AFFECTUS No.406
「アレキサンダー・マックイーン(Alexander McQueen)」と言えば、私の中ではウィメンズコレクションの印象が強い。創業者であるマックイーン自身が手がけていた時代はもちろん、現在ブランドのクリエイティブ・ディレクターを務めるサラ・バートン(Sarah Burton)時代を含めても、ドラマティックなドレスばかりが思い浮かんでくる。
しかし、今回のテーマはウィメンズコレクションではなく、メンズコレクションになる。1月に発表された2023AWメンズコレクションを見ていると、取り上げたいデザインが登場した。それがスーツ、厳密に言えばテーラードジャケットである。マックイーンのメンズコレクションでは、スーツが頻繁に登場するため、今さら注目するのは遅いかもしれないが、それでも今コレクションで感じたマックイーンのジャケットについて述べていきたい。
オフホワイトのダブルスーツには、大胆なプリントが施されていた。パンツの左脚大腿部から花の茎がそのまま直上して伸びていき、ジャケットの左身頃全面で大きな黒い花が咲き誇ったような、水墨画タッチの迫力あるプリントが見られる。後半のルックになると、水墨画タッチのフラワープリントは色をブラックからレッドに変え、黒いジャケットやコートに大きな赤い花を咲かせていた。
しかし、このフラワープリントは確かに視覚的インパクトはあるが、これが私の心を捉えたわけではない。私が注目したのはジャケットのシルエットである。
ショルダーラインが弓形に反ったコンケーブドショルダー、肩甲骨あたりに設定された高いゴージライン、幅広のピークドラペル、やや盛り上がった袖山、ダンディなダブルブレステッドは、王道クラシックと呼ぶにふさわしい、テーラードジャケットのデザインだ。逞しく力強く、メンズウェアの王様と言える堂々とした風格である。
ただし、このマニッシュなダブルジャケットのウェストラインに、私は違和感を覚えた。腰のシェイプがかなり急激なのだ。しかも、通常のメンズテーラードジャケットよりウェストラインが高く設定されており、それが急激なシェイプの印象をより強めていた。
大胆な変貌を遂げてきたウィメンズウェアの歴史に比べ、メンズウェアの歴史を辿ると、デザインの変化が極端に少ないことがわかる。現在のスーツの原型であるラウンジスーツやサックコートが登場した1850年代から、現在のテーラードジャケットの形は大きく形を変えていない。私が所有する「世界服飾史」(美術出版社)の115ページに、「オリンピックでメダルを獲得した米国陸上選手たち」と名付けられた、1908年に撮影された写真が掲載されているのだが、選手たちが着用しているスーツは今から100年以上も前だというのに、現在のスーツとほぼ同じ形である。このように歴史的に変化が少ないメンズウェアだからこそ、デザインの些細な変化が大きなインパクトを生む。
急激なウェストのカーブがウィメンズウェア的であり、突如、メンズウェアに女性の服の要素が現れた唐突感を覚える。マックイーンのテーラードジャケットは、正統派メンズテーラードを基盤にして、直線的な男性の身体を曲線美で強調している。制作するのはメンズスーツなのだが、女性が着ることを想定して作っているような印象だ。ただし、ウィメンズジャケットのように、バストの膨らみに合わせるパターンの取り方は決して行わず、あくまでメンズジャケットのパターンに則って作る。そんなアプローチで作れられたジャケットを錯覚させる、非常に不思議なデザインだ。
それゆえ、逞しいシルエットにもかかわらず、しっとりとした雰囲気がジャケットから滲み出ていた。メンズウェアの歴史を忠実に表現した形の中で、異端の要素をデザインするバートンの手腕は見事だと言えよう。アレキサンダー・マックイーンというブランドは、視覚的なインパクトを生むだけのブランドではない。歴史を尊重しながら新しい視点を表現し、オーセンティックな服を作ることができるブランドでもあるのだ。
〈了〉