AFFECTUS No.407
2月16日、「LVMH PRIZE」が2023年のセミファイナリスト22組を発表した。私がこの発表に気がついたのは2月21日で、原稿の締切が迫って心臓がひりひりし、久しぶりに嫌な緊張感に襲われている時だった。2019年のセミファイナリストを知りたくて、LVMH PRIZEのサイトを訪れた時に、2023年セミファイナリストの発表を偶然知った。「おお、誰が選ばれているんだ」とテンションは瞬時に上がり、心臓をぎゅっと掴まれるような緊張感から現実逃避するために、私はセミファイナリストを確認し始める。
「今までになく知らない名前が多い……」
リストを眺め、最初に思ったのがそれだった。LVMH PRIZE開始以来、セミファイナリストが発表されると毎回チェックしているが、過去のどの回よりも知らないデザイナー(ブランド)の名前が多かった。知っていた名前は「ブローク(Bloke)」、「クシコック(Kusikohc)」、「ルアール(Luar)」、「マリアーノ(Magliano)」、「ネームセイク(Namesake)」、「クイラ(Quira)」、「ワタル トミナガ(Wataru Tominaga)」の7組である。
日本人では先述のワタル トミナガの冨永航と、「セッチュウ(Setchu)」の桑田悟史が選出されていたが、今回はアジアからの選出が多い印象だ。22組中8組がアジアからの選出であり、日本以外では、韓国(2組)、中国(2組)、台湾(1組)、インド(1組)という内訳である。
今回はジャマイカ、ブラジル、ウクライナ、エストニアからも選ばれ、いつになく出身国がバラエティに富んだセミファイナリストに思えた。元々、LVMH PRIZEは世界中から才能を発掘する姿勢を示しているし、事実グランプリを獲得したデザイナーの出身国も多様だ。だが、セミファイナリストの出身国がここまで幅広いのは、過去No.1ではないだろうか。ファッションは人間の数だけスタイルの数があり、スタイルの数だけ面白さがある。今回のLVMH PRIZEはそれを体感できて、刺激的だ。
私が最も驚いたのは、ネームセイクの選出である。ネームセイクは、1月8日配信「人間のパワーをデザインするネームセイク」で取り上げ、昨年末にはTwitterでもネームセイクはLMVH PRIZEに応募すれば、セミファイナリストに選ばれるのではないかという旨をツイートするほど、このブランドのデザイン構造にはファッションデザインの最先端が現れていると感じていた。しかし、本当にセミファイナリストに選ばれるとは。非常に驚いた。
ここからは今回選出されたセミファイナリストの中から、かつ今回私が初めて知ったデザイナーの中から、面白さを感じた二人のデザイナー、「Johanna Parv」と「Juntae Kim」について、短いコメントになるが触れていきたい。2組とも今回初めて知ったと述べたが、厳密に言うと「Johanna Parv」は少し時期がずれる。
【Johanna Parv】(エストニア)
Instagram: @johannaparv_
「あれ、どこかで見たことあるな、しかもかなり最近……」
Johanna ParvのInstagramのストーリーズに投稿されていたルック写真を見ていると、私は既視感を覚えた。そしてすぐに思い出す。LVMH PRIZEのウェブサイトで 2023年セミファイナリストを確認した日よりも2日ほど前、私はロンドンの若手3組による合同ショー「ファッションイースト(Fashion East)」をVogue Runwayでチェックしていたのだが、3ブランドの中の1ブランドに興味を惹かれていた。それがJohanna Parvだった。
Johanna Parvは、アスレチックスウェアとコートやシャツなどのアーバンウェアを、ドレッシーな長く細いシルエットを混ぜ合わせて構成するコレクションを発表する。スポーティウェアの文脈で「Y-3(ワイスリー)」を更新するデザインを熱望している私は、Johanna Parvのデザインに興味を抱いていた。Instagramを見ると、Johanna Parvのコンセプトがより感じられる写真が投稿されているので、興味を持った方はぜひ見てほしい。
【Juntae Kim】(韓国)
WEBSITE:juntae-kim.com
Instagram: @juuntaekim
近年、韓国モードのデザインにうまさを感じており、注目ブランドも多く登場している。Juntae Kimもそんな韓国ブランドの一つだ。今回、私はJuntae Kimのことを初めて知ったが、コレクションをチェックしてみて真っ先に目がとまったのが、服のフォルムだった。なんて言うのだろう、一言で言えば「マッスル」という印象である。隆隆とした筋肉を想像させる逞しいシルエットのブルゾンに個性を感じる。
2023AWコレクションは、1950年代のプレッピーをJuntae Kimが解釈したデザインを発表している。先述のマッスルなシルエットに、無数のスラッシュ、フェザーのようなディテールなど装飾的なデザインがなされているが、スタイルの印象そのものはクリーンだから不思議だ。ジーンズが不思議なパターンで構成されている。ピンタックで幾何学柄のようにつまんだディテールが、ボトムのウェストから大腿部にまで作られている。そのディテールが、美しくシンプルなシルエットの表層に表現され、このギャップが不思議さをより強める。
Juntae Kimは歴史的なウィメンズウェアを現代のメンズウェアに解釈してデザインし、伝統工芸なども混ぜるコンセプトを掲げているようだ。確かにジーンズに施されたピンタックディテールはどこか伝統工芸的であった。非常に面白いコンセプトとデザインで、ファイナリストに残るのではないかと予感している。
以上2ブランドに関するコメントになる。
実は桑田悟史の「セッチュウ」にも面白さを覚えたのだが、今回は文字数が多くなってきたため、別の機会にじっくりと取り上げたいと思う。LVMH PRIZEとは話がずれるのだが、最近は日本ブランドの「コッキ(KHOKI)」にも面白さを感じたので、こちらもいずれ取り上げたい。
話を戻そう。
元々LVMH PRIZEは、デザイナーの実力、支援が本当に必要な規模か否かが重視される傾向がある。そのため、このコンペでは実績のあることが逆に不利になり、過去にはキコ・コスタディノフ(Kiko Kostadinov)がファイナリストに残れないこともあった。そんなLVMH PRIZEの姿勢を一層強く感じたのが、過去No.1と言っていいほど、ファッションの伝統国だけではなく、様々な国から選出された今回のセミファイナリストたちである。
さあ、いったい誰がファイナリストに残るだろうか。未来のスターデザイナーはいるのだろうか。
〈了〉