AFFECTUS No.409
「ジル サンダー(Jil Sander)」と言えばミニマリズム。それが私の中の常識だったが、現在のジル サンダーはミニマリズムとは表現できないし、単純に一つの言葉で形容できるブランドではなくなった。驚くべき進化を実現させたのは、現クリエイティブ・ディレクターのルーシー・メイヤー(Lucie Meier)とルーク・メイヤー(Luke Meier)の二人である。ミニマリズムの枠を超えたジル サンダーの進化は以前から明らかだったが、2月に発表された2023AWコレクションは新たな領域に到達したことを、明確にする素晴らしいクオリティである。このコレクションは、メイヤー夫婦によるベスト ジル サンダーだ。
メンズとウィメンズを同時発表した最新コレクションは、従来のイメージであるクリーンな空気は保たれている。だが、スタイルそのものはソフトな色使いとは裏腹に混沌としたものだった。上質で上品な生地を用いたグレーのチェスターコート、色を黒と白、あるいは黒と青の2色で切り替えたモーターサイクルジャケット、ロング&リーンが美しいスレンダードレス、裾をたるませたルーズシルエットのワイドパンツ、ウェストが見事なカーブを描き、クリスバル・バレンシアガ(Cristóbal Balenciaga)の造形を思い起こすジャケット、果物を淡い色調でプリントしたグラフィカルなトップス、頭部をすっぽりと覆おうバラクラバ……。
クラシック、エレガンス、ストリート、スポーツなど、あらゆる言葉が浮かんでくるアイテムの数々がスタイリングされたモデルたちの姿を、私はどう表現していいのか困ってしまう。
私が最も好きなルックは、29番目と43番目に登場したルックだ。両方ともアイテム自体は同じデザインのセットアップであり、モデルは色違いを着用している。29番目のルックは全身が緑みのあるブルー、43番目のルックは全身にペールトーンの紫が使われ、柔らかく優しい空気感は従来のジル サンダーになぞられるものだろう。だが、スタイルのイメージは異なる。
同色同素材のセットアップはオーバーサイズシルエットで作られ、ジャケットもパンツもその雰囲気はまさにストリート。デザインも特殊だ。ジャケットのベースはテーラードジャケットだが、前身頃は上衿とラペルを立たせた状態にしてフロントを留めている。その外観は、スタンドカラーのジャケットと述べた方がわかりやすいかもしれない。
通常ジャケットはボタンで留めるものだが、このジャケットは前端にファスナーが取り付けられ、ライダースジャケットと同様の作りになっていた。またポケットは、テーラードジャケットで多用される両玉縁のフラップポケットではなく、コートによく用いられる箱ポケットが大きめのサイズで取り付けられている。クリーンなジャケットは、1着の中に様々な文脈の服をミックスしたアイテムとなっている。
パンツは前面の中央にファスナーが取り付けられ、そのファスナーを開くとパンツのシルエットがワイドに広がるというギミックを施している。単にワイドシルエットのパンツを作るのではなく、ディテールに工夫を凝らすことでワイドシルエットを作り、パンツの存在感を強めている。
首元に合わせたネックレスはパール状に見えたが、よく見ると別の形のようにも見える。首元に巻かれたシルバーカラーのネックレスとオーバーサイズシルエットのスタイルは、ヒップホップミュージシャンのような佇まいだ。しかし、色は静かなトーンのブルーや甘い紫で、しっとりとした落ち着きをもたらしている。
この2つのルックに代表されるように、今回のジル サンダーは様々なカテゴリーのファッションが合流し、スタイルを作り上げていた。そのため、冒頭で述べたように、具体的に一つの言葉で形容することが困難なスタイルが誕生していたのだ。ルークのシグネチャーブランド「OAMC(オーエーエムシー)」の世界観が強く入ったとも言えるのだが、レーシングスポーツのモーターサイクルジャケットはOAMCにも見られないアイテムだった。
ルーシーとルークが作り上げたファッションは、非常に多面的な表情を見せる。今、1990年代や2000年代のモードシーンに見られたような、複雑で大胆なデザインで新しさを訴える手法よりも、わかりやすい形でわかりにくさを漂わせる手法が新しく感じられてきた。アヴァンギャルドな造形はインパクトはあっても、もはや新しさを感じない時代が訪れているのだ。現在のジル サンダーは、現代ファッションデザインの最先端をいくと言っていい。私はルーシーとルークがどんな進化を見せていくのか、注目し続けたい。
〈了〉