牧歌的で前衛的なコッキ

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AFFECTUS No.410

「雪山に住むおじいさんが長年着用してきた服をモードへと昇華させ、若者が着るための服として生まれ変わった服」。

「コッキ(Khoki)」のInstagramアカウントに投稿された写真や、「東京ファッションアワード(Tokyo Fashion Award)」のウェブサイトで確認できた2023SSコレクションと2022AWコレクションのルックをじっくり眺めていると、私は冒頭の文章が浮かんできた。もちろん、コッキの服を見て私とは違う印象を抱く人はいるだろう。ファッションは自由に捉えるから楽しいのだ。それを前提に言えば、やはりコッキのコレクションは私にノスタルジックな気分と、雪山という単語を思い浮かばせる。

ここで雪山について、もう少し述べてみたい。それは決して極寒の風景ではない。雪山に建てられた山荘の室内は、薪ストーブで暖められ、パチパチと音を鳴らしながら炎は揺らめき、椅子に深く座り、おじいさんさんは暖かそうなキルティングベストを着て、安らかに寝息を立てている。私が思い浮かべた雪山は、そんな風景だった。

コッキのデビューは2019年で、設立からまだ4年と若い。デザイナーの名前は公表しておらず、デザインチームの形態をとって活動している日本ブランドである。コッキは、ものづくりにおける重要キーワードとして4つの言葉を掲げている。それが「民族、クラフトマンシップ、前衛、幼少時代」である。

まさにコッキのデザインは、この4つの言葉が具現化され一体化されたものだ。私が感じたノスタルジックなイメージは、きっと「幼少時代」を発想の一つとしていることが要因となったのだろう。「民族」を感じるのも確かだ。コッキは、幾何学柄のテキスタイルを用いることが多く、これが実に民族衣装的で、かつ雪山に住む民族を思わせる色と柄と素材の質感である。

残り二つの「クラフトマンシップ」と「前衛」を物語るアイテムもあった。2021AWコレクションで発表された「Y leather jacket」と名付けられたライダースジャケットがそうだ。スタンダードな形の黒いライダースジャケットは、前身頃の上部、内袖、後ろ身頃の脇側、ウェストベルトなど、所々に「おばあちゃん」と称したい、なんとも牧歌的な図柄の生地が使われている。黒いレザー(だと思われる素材)と郷愁誘うテキスタイルという、対極的な素材が使って作られたライダースジャケットは、クラフトマンシップの趣と前衛的挑戦を同時に感じさせる。

コッキは2022AWコレクションで、タジキスタン、ウズベキスタン、カザフスタンなどで伝統的に伝わるスザニ刺繍から発想したカーディガンも発表しており、「民族」はブランドの重要なモチーフとなっている。

服のシルエットそのものはシンプルで、服の外郭は簡素なラインを描く。シンプルなシルエットの枠の中で、コッキは素材の切り替え、民族モチーフの図柄などを使用し、若者が着ているにもかかわらず、服は「おじいさん」「おばあさん」の面影を感じさせ、服のイメージの部分でアバンギャルドを表現する。なんともテクニカルなアプローチだ。

いくつかのアイデンティティが複合するコレクションは、台湾ブランド「ネームセイク(Namesake)」や、ネームセイクと同様に2023年度の「LVMH PRIZE」でセミファイナリストに選出された韓国ブランド「Juntae KIm」と共通するデザイン構造である。偶然にも3ブランドともアジアを拠点にしている。

アイデンティティの複合デザインを、現在のヨーロッパやアメリカのデザイナーから確認できるかと言われると、すぐには思い出せない。少し時を遡れば、ラフ・シモンズ(Raf Simons)時代の「カルバン クライン(Calvin Klein)」が該当するぐらいだ。シモンズは、消防士、映画(『ジョーズ』と『卒業』)、宇宙飛行士、アニメなどアメリカの文化を、バラバラであることは気にせず一体化させた。そうして誕生した混沌の服にはうっとりとするようなエレガンスは感じられない。しかし、調和を図らないことで生まれるパワーがあった。

ビジネス的には不調に終わったが、デザインの文脈的に非常に価値あるデザインを発表していたのが、シモンズ時代のカルバン クラインなのだ。今、シモンズの先見性に時代が追いついてきたと言える。シモンズのデザインに見られるいつものパターンである。シモンズはいつだって早すぎる。

私はコッキのデザインを見ていると、シモンズ時代のカルバン クラインの文脈を更新する可能性が、ようやく見えてきたような気分になる。だが、それでもまだまだパワーは弱いのだが。シモンズ時代のカルバン クラインを超えるには、もっともっと混沌とした構造のデザインが必要だ。

終盤になって話が少々ずれてしまったが、コッキは今注目したい日本ブランドである。ノスタルジックでアヴァンギャルド。この微妙にズレを感じる言葉の響きがいい。ファッションの未来が少し見えた嬉しい気分のまま、今回は終わりとしたい。

〈了〉

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