久しぶりに乗るゆりかもめの車窓から覗く景色は夜空だった。3月17日、この日開催される「シュタイン(Stein)」初のランウェイショーを観るため、私はゆりかもに乗車して新橋駅からテレコムセンター駅へと向かう。
2月上旬、ショーに先立って開催された、2023AWコレクションの展示会を訪れた。黒を基調にした色展開、オーバーサイズの緩やかなシルエット、強さと繊細さを同時に感じさせるイメージは最新コレクションでも不変。シュタインの展示会を訪問するのは2023AWシーズンで3回目だが、毎回感じるのは服作りに対する真摯な姿勢である。シーズン毎にデザインが変貌することはない。だが、それでも新シーズンが訪れて、シュタインの新しいコートやニットを見るたびに、新鮮なニュアンスが感じられるのはなぜだろうか。
その理由は、コレクションをじっくり観察していると感じられてきた。シュタインの変化は静かで小さく緩やか。そのようにデザインの変化量が小さければ、普通ならばコレクションに新しさを感じることは難しい。だが、不変のシュタインスタイルが、小さいはずの変化を際立たせ、気づかせるのだ。
シュタインはシーズンが変わっても、黒を多用したオーバーサイズのクラシカルな服、儚げで美しくストイックな人物像が大胆に変わることはない。視覚的にもイメージ的にも変化量を抑えることで、不変のシュタインスタイルが確立されている。この強固なスタイルが常に発表されるからこそ、緩やかな変化のデザインであっても、コレクションに新しさを作り出すことに成功している。
2023AWコレクションで、まず私が新しさを感じたのはワークウェアのテイストだった。今回はMA-1ブルゾンが発表され、過去に見た2回のコレクションよりも本格的ワークウェアの香りが強い。また、素晴らしいクオリティを誇るニットは、これまでの美しく上質な素材感のニットというデザインには収まらず、怪しげで淡い色のグラデーションを、得意のオーバーサイズシルエットとミックスさせることで、スーツやドレスに負けない存在感を放っていた。
スタイルを一貫させながら、自身の美意識を細部にこだわって変化を加えて新しさを作る手法に、私は揺らぐことのない創作哲学で、作品制作へ打ち込む陶芸家の姿を思い浮かべた。実直とも思えるシュタインのデザイナー、浅川喜一郎の姿勢は初めてのランウェイショーでも変わらない。
ショーの会場となったのは、テレコムセンター駅から直結する東京・青海のテレコムセンタービルだった。エレベーターに乗って上階へ到着すると、フロア中央に大きな吹き抜けがあり、その吹き抜けを通路が円形に囲み、円形の吹き抜けに沿って椅子が並べられていた。案内された椅子に座り、ビルの窓へ視線を移すと、夜空に映える東京タワーが遠くに見えた。
ショー会場に特別な装飾や仕掛けは見られない、椅子を並べただけのシンプルな構成。フロアの内装はオフィスビルに通じるデザインで、ここでファッションショーが開催されるとは思えない、華やかさとは無縁な場所である。
予定開始時間をしばらく過ぎると照明が落ち、会場は暗転し、ざわついた雰囲気は静まる。すると会場内が一瞬にして明るくなり、重厚なチェロの音が響くとともに、シュタイン初のランウェイショーは開幕する。
ハイネックニットにオーバーサイズのコート、ワイドシルエットのパンツを組み合わせた1stルックは、シュタインの象徴と言えるスタイルだった。その後も、シュタインのシグネチャーアイテムであるコートを主役にしたスタイルの発表が続く。トレンチコートは王道のベージュカラーやブリティッシュなチェック柄を、量感あふれる現代的シルエットで仕立て、クラシックとモダンが静かに溶け合う。
シュタインのコレクションはレイヤードスタイルも印象的だが、今回は重ねるアイテムの順番に特徴が見られた。トップスの上にコートを羽織る。ここまでは特別珍しくない、普遍的な着こなしだ。しかし、モデルはコートの上からさらにベストを重ね着していた。別のモデルは、先述のルックと同じようにトップスの上からコートを着用しているが、今度はコートの上からブルゾンを着て、ブルゾンのポケットに手を入れ、正面を見据えて歩いていた。
コートの上からベストやブルゾンをレイヤードする。通常なら違和感のある着こなしである。しかし、違和感であるはずのスタイリングがナチュラルに感じられたのは、重ね着というリアルなアプローチを選択したからだろう。違和感を表現する際、通常なら服の印象を大きく左右する造形や色を題材にして、ダイナミックにデザインするケースが多い。だが、浅川は色使いやシルエットはシュタインならではのシンプルを踏襲しながら、重ね着というスタンダードな手法を用いて、重ね着するアイテムの順番をトリッキーにすることで違和感をデザインすると同時に、リアルでナチュラルな感覚を感じさせた。
2023AWコレクションのテーマは「further」で、これまでよりも一層踏み込んだデザインが意図されている。たしかに過剰なレイヤードスタイルは、今シーズンのテーマを体感させるルックだ。しかし、シュタインの過剰さは、挑戦的なカッティングを披露するブランド、アヴァンギャルドな抽象造形を発表するブランドからすれば、かなり控えめに映るに違いない。ただ、今回のシュタインから過剰に感じられたものが、私の中にはあった。それは「距離」だ。これまでファッションで価値があるとされていた派手さや大胆さ、あるいはトレンドから遠く距離を置いて、シュタインは理想とする服作りをとことん追求する。
ファッションの歴史を鑑みれば、これからシルエットのトレンドがスリムに移行する日は必ず訪れる。だが、シュタインの強固なスタイルを見ていると、スリムシルエットがトレンドになる時代が訪れたとしても、淡々とオーバーサイズの服を丁寧に作っていく予感がする。常識が、常に正しいとは限らない。常識とは異なる道を進むことが、正解となるブランドもある。そして、そんなブランドの服を愛する人たちがいる。私にはシュタインが、そんなブランドに思えるのだ。
デザイナーが自身の美意識をどこまでも深く濃く、細部にわたって表現し尽くすことができるなら、価値観の移り変わりに動じない個性を持つコレクションが誕生し、人々の心を捉えることができる。シュタインがそのことを私に教えてくれた。
ショーの演出も、会場となったテレコムセンタービルと同様にシンプルだった。音楽を流し、モデルたちが歩くだけ。初めてのショーだからといって、特別な演出は仕掛けない。最初から最後まで、シュタインの美意識が一貫したランウェイは閉幕する。
ショーを観戦していた皆が一斉に立ち上がり、階下に降りるためにエレベーターホールへと足を進める。オフィス然としたテレコムセンタービルは、ファッションショーを行うにはあまりに地味で殺風景。通常なら会場に選ばないかもしれない。だが、ショーを終えて思うのは、シュタインにとってはふさわしい場所だったということ。ファッションの華やかさから遠く離れた地でこそ、デザイナー浅川喜一郎のエレガンスが輝く。ゆりかもめの乗車時間は、シュタインの美を見るために必要な時間だったのだ。
私が自宅の最寄り駅に着くと、時刻は23時近くになっていた。この時間から夕食を食べるべきかどうか。もう時間も遅いのだから無理に食べる必要はないし、5時後か6時後には朝食を食べるのだから(朝が早い私はたいてい6時前には朝食を食べる)、1食ぐらい抜いてもいいだろう。それによくよく考えると、そこまでお腹も減っているわけではない。だが、夕食を食べるものという常識が私を悩ます。足は自然とセブンイレブンへ向かう。
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