展示会レポート Tan 2023AW

スポンサーリンク

今日は「タン(Tan)」2023AWコレクションの展示会へ向かう日だった。3月下旬だというのに5月中旬並みという気温は、駅からショールームまで歩く私を疲れさせる。前週に展示会の案内をいただくとすぐに、私はブランドサイトで前シーズンの2023Sコレクション、Instagramに投稿されていた写真をチェックした。スレンダーシルエットとキレのあるカッティングは冷たい佇まいを演出し、私は一目で惹かれる。「ぜひとも見たい」。心の中でそう呟くほどだった。

目的のビルに到着し、階段を登ると、ショールームの入り口がすぐに見えてきた。そして室内へ入ると、ラックにかかったタンの服すべてが見通せた。30型ほどのアイテムが視界に入った瞬間、少し疲れていた体が元気を取り戻せたような気分になる。いい服というのは、ラックに掛かっている状態でも心を動かすが、タンもそうだった。

タンはデザイナーの村上亜樹が2015AWシーズンに立ち上げたニットブランドであり、ブランド名の「Tan」とは、ラテン語で「触れる」という意味を持つ「tangent」に由来する。また、無限の正負を示す「tangent」のように、ニットウェアが持つ無限の可能性も示す意味が、ブランド名には込められている。ニットブランドというと、初期はニットのみでコレクションを構成し、徐々に布帛のアイテムも発表し、ブランドを成長させていくパターンが多い。しかしタンはデビュー以来、布帛のアイテムは発表していない。村上曰く、布帛は裏地で少し使ったことがあるぐらいだそうで、ひたすらにニットアイテムのみを作り続けてきたブランドだ。

一見するとコレクションのルックには布帛に思えるアイテムもあるが、それらもすべてニットで作られた服ということになる。ニットに対する深いこだわりは、最新2023AWコレクションにおいてもハイレベルに表現されていた。

まず目についたアイテムがカーディガンだ。いや、ボレロといった方が正しいかもしれない。ボタンが取り付けられていない、非常に丈の短い服である。ラックにかかっている状態を見た時はシンプルなデザインに感じられたが、PRの方に着用してもらうと服の表情が一変し、丸みのある柔らかでフェミニンな香りに包まれたフォルムは、まるで女性が着ることで服が本来の姿を表したかのようだった。

ボレロは素材の外観も質感もベルベットを連想させるが、もちろんこれは布帛ではなくニットである。ベルベットのようなタッチと見た目を実現させながら、ニットの軽さと柔らかさも感じさせてくれる。素材に触れることで気持ちよさを覚える体験も、タンの特徴になる。

次に目を惹いたアイテムは、2色で切り替えられたハイネックだ。編み地の色は、衿からバストの上部まではベージュ、バストの上部から裾まではパープルに色が切り替わっている。同様に袖の編み地も、バストの色が切り替わるラインと同じラインで、ベージュからパープルへと色が切り替わっていた。

このハイネックはラムウールとキッドモヘア、2種類の糸で編まれていて、触ってみると素材感の違いを楽しめる。編み地の編み方もラムウールとキッドモヘアで変更しているが、編み方の異なる2種類の編み地をはぎ合わせているのではなく、編み続きで編んでいるので切り替え線が存在せず、服の表面に滑らかな面を完成させていて美しい。

今度はやや薄手のハイネックが視界に飛び込む。このアイテムはまずハイゲージで一度編んで完成させた後、編み地の表面にロービング糸を刺し子のように刺していき、立体感のある模様を作り出している。なんと手の込んだ作りなのだと私は驚いた。シンプルに見える服が、なんとも言えない雰囲気を出すのは、こういった細部にまで施されたデザインが理由だった。

そして、今回のコレクションで私が最も魅力を感じたアイテム、ニットアウターが現れる。服の見た目から私がすぐに思い浮かべたのは、ムートンのブルゾンだった。実際に触れてみると、ぬめっとした感触と厚みのある弾力が感じられて、その触り心地はまさにムートンの感触だった。だが、もちろんこれもニットで作られた素材である。

擬似パイル編みという編み地を縮絨にかけ、本来なら裏面の側を表地使いにしてこのブルゾンは作られている。表地が裏面に使われているため、着心地が非常にソフトで、リアルムートンとは別種の感覚である。村上はニットを着た際、肌と素材のタッチを大切にしてコレクションを制作しており、このムートンアウターにもブランドの姿勢が貫かれている。

ムートンライクなニットブルゾンで秀逸だった点が、もう一つある。それがディテールだ。ムートンのコートやジャケットでよく見られるディテールが、パターンをはぎ合わせた切り替え線である。特徴的な切り替え線なので、ムートンのアウターといえば、この切り替え線を思い出す方もきっといるだろう。タンのブルゾンでは、この切り替え線も編み地によって盛り上がらせて立体感を作り、フロントの胸部から袖口にまで1本の線で続く形で作られていた。シンプルなディテールだが、ムートンの象徴的ディテールを編み地で表現することで新しい表情を見せることに成功し、ゴツゴツした見た目にも関わらず、かわいさも感じられるデザインだった。

他にもペイズリー柄をジャカードで編み立てて縮絨をかけたカーディガン、一度洗いをかけて服の表面の糸を絡ませた後に起毛して、モヘアようなふわりと毛羽だったプルオーバーなど、シンプルに見えて手の込んだ作りのニットウェアが見られ、どのアイテムを非常に完成度が高い。

ものづくりとしての深みがあることはタンの魅力だが、ファッション性に優れていることがタン最大の魅力に私は思える。ありふれたことに思われそうだが、深いこだわりで作られた服は、素材や仕様に驚きを感じさせても、人間が着る服として見た時に「着たい」というファッション性が弱くなっていることが時折ある。だが、タンはそんな現象とは無縁だ。

シンプルに見える形の服が女性が袖を通すことで、かわいくて綺麗な服へと変身する。さまざまな糸、編み地、色は繊細にミックスし、淑女的な上品さを形作る。上質な時間を経て生まれた古着のような美しく新しい服。それが私にとってのタンだ。私が女性だったら、着てみたいとも思う。

もし、女性に「いいニットない?」と訊かれたら、私は真っ先にタンをすすめるだろう。その人の好みと違っていたとしても、まずは一度見てみることを提案する。タンにはコンサバティブな美しさがあり、そのエレガンスはどんなスタイルとも相性が良さそうだ。例えばストリートウェアを大好きな女性が、ダッドスニーカーを履いて、ルーズシルエットの色落ちしたブルージーンズを穿き、トップスにタンのハイネックニットを着用したら、私は非常にカッコよく感じてしまう。

ニットへの深い愛情を、軽やかに美しく表現する村上亜樹の技量とセンスには感嘆する。プロダクトとしても、ファッションとしても魅惑的なタン。服を鑑賞するという楽しみを味わえた展示会だった。心地よい体験は、この日の暑さを忘れさせる。美しいファッションは、気候の感じ方にも影響を及ぼすようだ。

いい時間を過ごせた。そう思い、私は挨拶を終えて展示会場の外へ出て、階段を降りていく。駅までのアスファルトを歩き始めると声を発する。

「暑っ!」

Official Website:tantantantantan.com

Instagram:@tan_official_jp

スポンサーリンク