AFFECTUS No.415
今回も2023AWシーズンの取材レポートを書こうと思ったが、3月25日に「LVMH PRIZE」が2023年度のファイナリストを発表したため、本日はファイナリストから注目のブランドを一つ紹介したい。2月26日配信「LVMH PRIZE 2023年セミファイナリスト発表」にて、注目ブランドとして「Johanna Parv」、「Juntae Kim」を取り上げ、また1月8日配信「人間のパワーをデザインするネームセイク」では台湾ブランド「ネームセイク(Namesake)」も要注目の存在としてピックアップし、ファイナリストに選出されるのではないかと予想していた。
しかし、結果的には3ブランドともファイナリストには選出されず、非常に残念だった。今回のLVMH PRIZEでは、セミファイナリスト22組のうち8組がアジアからの選出で、2018年にグランプリを受賞した「ダブレット(Doublet)」以来、久しぶりにアジアからグランプリが出る予感もしていたが、結果的にファイナリストに残ったアジア系デザイナーのブランドは桑田悟史による「セッチュウ(Setchu)」(活動拠点はミラノ)のみだった。
ファイナリスト9組のデザインを見てみると、想像以上にエレガンス系に振れたデザインが多い。たとえばイタリアの「クイラ(Quira)」は、2022年12月21日配信「クイラが披露したミニマルウェアを更新するための公式」で取り上げるぐらい私は好きなデザインだが、LVMH PRIZEはコレクションのデザインのみでジャッジし、ファイナリストやグランプリを決定するアワードではないため、シンプルでエレガントな服を理由に、クイラが今年のファイナリストに残ることは難しいのではないかと考えていた。
2023年度セミファイナリストの面々をチェックして感じたのは、非常に癖のあるデザインが多く、今年は王道のエレガンスとは異なるデザインが基準の一つになっているように思えたことだった。ファイナリストに選ばれたブランドで言えば、「ディオトマ(Diotoma)」、「パオリーナ・ルッソ(Paolina Russo)」、「アーロン・エッシュ(Aaron Esh)」が該当する。しかし、エレガントな服が特徴のクイラはファイナリストに選ばれた。
ただ、エレガンスに振れたデザインが多いと言っても、エレガンスベースの癖のあるデザインも散見される。「マリアーノ(Magliano)」は、テーラードを軸にアウトローなイメージを混ぜ、「バーク・アクヨル(Burc Akyol)」はドレッシーなスタイルをベースに怪しげでエロティックなイメージを注入し、王道の美しさからはズラしている。
改めてファイナリストのデザイン傾向を調べていると、シンプルデザインの文脈上に乗るクイラはますます異端に感じられてきた。だが、今日取り上げたいブランドはクイラではなく、セミファイナリストをチェックした際にデザインそのものは好きだが、クイラと同じ理由でファイナリストに選ばれるのは難しいのではないか、と予測したブランドである。結果的にはそのブランドもファイナリストに選出された。
それが「ベッター(Bettter)」だ。同ブランドのデザイナー、ジュリー・ペリパス(Julie Pelipas)は、モード界のエリートデザイナーのようにハイブランドでデザイナーとしてのキャリアを積んだわけではない。彼女は「ヴォーグ・ウクライナ(Vogue Ukraine)」でファッションディレクターとして15年の経験を重ね、2019年に自身のブランドを立ち上げた。
ベッターの服は、古着から作り出すアップサイクルウェアであり、サステナビリティを重視したブランドなのだが、このコンセプトを知らずに最新コレクション “5PM SUIT”を見ると、アップサイクルウェアとは思えない上質でクールなイメージが表現されいて非常に驚く。
古着を素材にしたアップサイクルウェアと言えば、生地のパッチワークやノルタルジックな雰囲気、カジュアルウェアが多い印象だが、ベッターはそれらのアップサイクルウェアとは一線を画す、シャープなキャリアスタイルを提案していて、いい意味でイメージの裏切りがある。
黒いパンツスーツに白いシャツを着用し、首元に細いネクタイを巻いたキャリアスタイルが披露され、パンツはトラウザーと呼んだ方がしっくりくるクラシックな趣で、ややフレアなシルエットがとてもスタイリッシュ。ビジュアルもニューヨークモードを思わせ、都会的でシャープな空気に満ちている。
このコレクションは一見するとシンプルなデザインに見えるが、ベッターはカッティングに個性を表す。身体にフィットする黒いタンクトップは、アシンメトリーカットのワンショルダーに仕上げられ、黒いトラウザーはライトグレーのショーツを重ねたレイヤードパンツで、二重になったウェストが特殊なパターンのボトムであることを私たちに伝える。
黒いシャツは、両袖の袖下に大胆なスリットが開けられており、袖下から腕を覗かせてケープ的フォルムで着ることもできれば、袖をフロントで結んでシャツを肩掛けしたようにも着用できる。もちろん、通常のシャツと同じく、袖に腕を通した状態での着用も可能で、合計3種類の着こなしが体験できるアイテムだ。
過去のコレクションではアップサイクルウェアらしい、Tシャツやレーシングウェアをベースにしたアイテムを見られるが、ベッターのシグネチャーアイテムはテーラードである。ペリパスが高校生の時、祖父のスーツを初めて着た体験がルーツとなって、マニッシュなスーツがブランドの象徴となっている。
ただし、確かにディテールやカッティングにモード感はあるが、決してダイナミックなデザインではない。マニッシュなスーツスタイルとシンプルなシルエットを軸にして、モード感は抑制している印象だ。そのため、デザインのタイプとしては、エレガンスベースの癖のあるデザインではなく、クイラよりも服の構造を挑戦的にはしているが、クイラと同じ文脈に位置している。
ベッターのアルファベット表記は「Bettter」と「t」が3つ並んでいるが、私が“better”を誤記したのではなく、ブランドの姿勢を表したものだった。ブランド名についてペリパスは次のように語っている。
「最初は誤字だったの。でも、わたしたちは全部アップサイクルするつもりなのだから、ブランド名も“better”をアップサイクルすればいいんじゃない?と思って」
『ヴォーグ・ジャパン』 VOGUEエディターのジュリー・ペリパスが古着でつくるブランド「BETTTER」。【イットなサステナブランド】より
サステナブルな視点で、サステナブルウェアとは離れたイメージのキャリアウェアをカッティンの妙によって作り上げるデザインは、王道のエレガンスの文脈に新たな解釈を刻む。ベッターの今後に注目だ。
〈了〉