ジュンヤ ワタナベとダークロマンスの冒険へ

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AFFECTUS No.419

川久保玲と山本耀司以降の世代で、「天才」と称したくなる日本人デザイナーが渡辺淳弥だ。現在、パリでコレクション発表する日本人デザイナーは、そのスタイルがカジュアルであれ、エレガントであれ、複雑で重層性のあるデザイン、アヴァンギャルドな方向性のデザインが多いが、パリの正統派エレガンスに対して真正面から挑み、勝負できる日本人デザイナーとなると、私は山本耀司と渡辺淳弥の二人に思える。

パリ・オートクチュールが黄金期を迎えた1950年代、クチュリエたちが発表したドレスに宿っていた美しさこそが、現代ファッションの原点であり、私が正統派エレガンスと称するスタイルになる。ヨーロッパには、正統派エレガンスを発表するブランドがすでに数多くあるのだから、そのクラシカルな美を日本ブランドに求める需要は、現在のパリにはないかもしれない。

だが、時々こう思うことがある。こういうデザイナーがいれば、刺激的だと。

「正統派エレガンスはあなたたちだけのものではありませんよ。私ならこうデザインします。いかがですか?」

パリの本流に挑み、カウンターを仕掛ける。それを実践したきたのが、山本耀司であり、今回取り上げる渡辺淳弥だ。日本=アヴァンギャルド(あるいは複雑で重層性のあるデザイン)という図式を壊したい。日本にも正統派エレガンスがデザインできるのだと。しかも、ヨーロッパにはない方法で。見なれたスタイルも、そのスタイルを作り上げるアプローチを変えれば、新しくなるのだ。

渡辺淳弥は、クラシックな服を作る才能に加えて、もう一つ注目すべき才能を持っている。それがダークな世界観を表現する才能だ。ダークを得意とする日本人デザイナーといえば、真っ先に「アンダーカバー(Undercover)」の高橋盾を思い浮かべるが、高橋のダークデザインはモダンに振れている。一方、渡辺は正統派エレガンスのクラシックウェア上でダークワールドを展開する。両者には、そのような違いがある。

正統派エレガンスとダーク、渡辺が持つ二つの才能が発揮されたコレクション。それが、今年3月に発表された「ジュンヤ ワタナベ(Junya Watanabe)」2023AWコレクションだった。

最新コレクションはブラックがメインカラーとして展開され、ほとんどのルックが全身ブラックウェア。色はイエローやピンクも登場するが、その数は極めて少なく、ルックの95%がブラックという印象である。

モデルのアイメイクは目の周りが黒く縁取られ、顔もまるでゾンビのように妖しく暗い表情にメイクされており、今回のジュンヤ ワタナベが表現した世界観が一目で伝わってくる。

メイクもカラーもダークなコレクションは、アウトドアウェアが序盤の主役だった。厳密にいえば、アウトドアのアイテムがはっきりとわかる形で使われているのではなく、アウトドアウェアの要素が、所々に散りばめられた形でデザインされていた。ストラップ、Dカン、合成繊維のテキスタイルなど、アウトドアに欠かせないディテールと素材が、アクティビティウェアの香りを強める。ショーの中盤に差し掛かると、今度はモーターサイクルジャケットやライダーズジャケットなどのハードアイテムが主役になり、コレクションが展開されていく。

このように2023AWコレクションはアクティブでハードなウェアのディテールや素材、アイテムが多用されているコレクションなのだが、ランウェイを歩くモデルたちからはクラシックなイメージを受けるから不思議だ。

その秘密はシルエットにある。Aラインのミニレングス、スレンダーシルエットのロングドレス、フィット&フレアのロングドレスなど、渡辺はクリスチャン・ディオール(Christian Dior)たちが活躍した1950年代、ミニドレスを発表したアンドレ・クレージュ(André Courrèges)が活躍した1960年代のオートクチュールに見られたクラシカルなシルエットを、アウトドアのディテールや素材、ライダースジャケットと融合させていた。

正統派エレガンスシルエット×アクティビティウェアのルック数は、多いわけではない。しかし、数が抑えられているからこそ、クラシックな印象を感じさせる効果が発揮されていた。もし、全ルックがクラシックな形で展開されていたら、アウトドアやライダースの要素が薄れてしまい、正統派エレガンスシルエット×アクティビティウェアという独自性が弱まっていただろう。

その独自性を、渡辺はブラックカラーを用いて染め上げた。そうすることで「正統派エレガンスシルエット×アクティビティウェア×ダークロマンス」という、さらに強力なオリジナリティが誕生したというわけである。

ジュンヤ ワタナベの2023AWコレクションは、渡辺の特徴がわかりやすく現れたデザインである。パリが原点のエレガンスに対して二重に三重に仕掛けて、伝統の文脈に乗りながら、伝統とは異なる位置のファッションを提示した。ダークロマンスの冒険へいざなってくれるウィメンズウェアが、2023AWシーズンのジュンヤ ワタナベだ。

複雑かつ重層的構造でオートクチュールの美しさを創造する渡辺淳弥は、やはり天才と呼ぶにふさわしい。

〈了〉

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