レインメーカーと日本の美とQuiet Luxury

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AFFECTUS No.421

渋い美しさの服に惹かれることがある。そんな時はたいてい、服から高揚感を感じたいのではなく、平穏と安心を感じたい時だ。ファッションから得たいものが、必ずしも興奮とは限らない。そうかといって、ラグジュアリーな安らぎも違う。美味しい蕎麦を食べた際の感覚とでも言えばいいだろうか。あるいは、美味しい緑茶やほうじ茶を飲んだ時の幸福とも言え、ハイカロリーの食事やアルコール飲料とは違う充足感。モードにもそんな味を欲っする時があるのだ。

「レインメーカー(Rainmaker)」が発表した2023AWコレクションは、豪華絢爛、華やかといった西洋伝統の美しさとは対極の衣服を披露した。レインメーカーのデザイナー渡部宏一は、浮世絵などの東洋美術から最新コレクションを発想し、ルックの背景にはインスピレーション源が見事に現れている。

冬の風景を思わせる、枯れた草が一面に生える野原を、和の香りが漂うスーツを着たモデルたちが歩く。服の色は黒を基盤に、桔梗に近い紫味がかった青、一面に生える草と同じ枯色、そして鈍くも鮮やかな朱色を時折挟み込み、色彩は静かで寂しげ。

服の形はテーラードジャケットやコートなどの洋服だが、シルエットは和服のように緩やかな量感で形作られ、流麗な様子を見せている。一方で、和服の着こなしとディテールをダイレクトに取り入れているルックも見られた。左右の身頃を重ね、ウェストをベルトで結んで絞る黒いスーツは、まさに着物を着る男性のよう。

私が今回のレインメーカーで最も和装の香りを感じたアイテムは、パンツだった。外観はパンツ以外の何ものでもないが、股下は深めに作られ、大腿部付近でボリュームを作り、足首に向かって緩やかに絞られていくシルエットは、スリムと述べるには程遠い細さで、かといってワイドと称するには量感がやや足りない。

けれども、その曖昧さが美しく、「枯山水」などのように、非対称性に美を見出す日本伝統の芸術と共通の感覚だ。ボリュームを丹念に作り込み、2本の脚の自由を妨げないパンツのシルエットは、布を最小限の立体感で仕立てた和装に通じるもの。とりわけ、スーツのパンツは個人的にも着用意欲がそそられたアイテムだった。

ここまで述べてきた文面から、レインメーカーは「シンプルな服」という印象を受けるかもしれない。しかし、この京都を拠点にするブランドの服はシンプルとは言い難い。概ねの印象はシンプルで間違いないのだが、シャツやジャケットなど西洋の服を基盤に和のディテールとシルエット、着こなしを混ぜ合わせるため、一見にシンプルに見えても複雑さが迫ってくるのだ。とは言っても、決して圧力があるわけではない。この感覚は、鰹節や醤油などの複雑な旨みが、凝縮して作り出される蕎麦つゆを思い出させた。

モデルたちの顔に注目すると、レインメーカーが一筋縄ではいかないブランドだとわかるだろう。モデルたちは全員、黒や珠、山吹色などに染まった薄手の布で、マスクのように顔を覆っていた。透け感のある素材のため、鼻や唇、顔の輪郭は見てとれるが、モデルたちの表情は判然としない。

中には頭部に帽子を被っているモデルもおり、その造形は、戦国時代から安土桃山時代にかけての偉大なる茶人、千利休が被っていた帽子をモード化させ、モードの極地にまで至らせたフォルムに思える。

先日、「ビジネス オブ ファッション(The Business of Fashion)」に“Op-Ed | Debunking the Quiet Luxury Myth”というタイトルの記事が公開されていた。私が注目したのは「Quiet Luxury」という言葉だった。これはいったい何を意味しているのだと不思議に思うと、「派手さやロゴよりも、エレガンスや繊細さを重視するスタイル」のことを指していた。

レインメーカーの服こそが、まさに「Quiet Luxury」ではないだろうか。日本流の美意識で調理された「Quiet Luxury」が、レインメーカーである。

私は初めてレインメーカーの2023AWコレクションを見た際、こんなふうに思い始めていた。

「この服を着て日本茶を飲みながら和菓子を食べたくなる。精神を落ち着かせてくれる服だ」

もう一度言おう。モードにも精神を落ち着かせる服を求めたい。そんな瞬間がふと訪れることがあるのだ。

渡部宏一は、日本の美をファッションのエレガンスへと昇華させた。和服の要素は取り入れながらも、和服に近づきすぎず、洋服の上で表現する絶妙なバランスを見せて。心穏やかに一日を過ごしたい時、まずはレインメーカーのパンツに脚を通すことから始めてみよう。どこへ行くのか?もちろん、蕎麦屋に決まっている。

〈了〉

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