アクセル アリガトが仕掛ける色の魔法

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AFFECTUS No.424

名前の響きが印象的で、気になってしまうブランド。日本人だったら、そう思う人も多いのではないか。スウェーデンのヨーテボリに拠点を置く「アクセル アリガト(Axel Arigato)」は、北欧らしいクリーンなイメージが印象的なスニーカーを、いくつも発表している。

アクセル アリガトは、2014年に二人のスウェーデン人によって設立された。アルビン・ヨハンソン(Albin Johansson)が最高経営責任者(CEO)を務め、マックス・スヴァルド(Max Svardh)がクリエイティブ・ディレクターを務める体制で、ブランドは成長を果たす。日本人にとって馴染み深い語感のブランド名は、日本のミニマルな美学に惹かれたことから、日本語の「ありがとう」に由来していた。

ここでアクセル アリガトのビジネス面に触れるつもりはない。あくまでデザイン面にフォーカスする。スニーカーのデザインを見ていると、興味深いアプローチが確認できたので、具体的にアイテム名を挙げながら解説したいと思う。

私が最初に面白さを感じたスニーカーが、「Genesis Vintage Runner」と名付けられたデザインだった。“Runner”という単語が入っている通り、ソールが厚く、スマートなフォルムはランニングシューズを連想させる。ただし、レトロな外観を見ていると現代のランニングシューズというよりも、一昔前のデザインと言った方がしっくりくる。

アクセル アリガトが拠点を置くスウェーデンをはじめとした、スカンジナビア地域は、クリーンなデザインに特徴がある。とりわけ、デンマークの家具デザインには、スカンジナビア デザインの特徴が顕著に現れている。ボーエ・モーエンセン(Borge Mogensen)、ハンス J. ウェグナー(Hans J. Wegner)、アンカー・バック(Anker Bak)の家具は、シンプルな印象を受ける一方で、ミニマリズムのように削ぎ落とされたデザインとは一線を画す。

基本的には造形はシンプルなのだが、よくよく見ていくと、一癖も二癖もあるディテールがデザインされていることに気づく。しかし、決してしつこくない。その理由は優しく柔らかいトーンの色使いにある。木材など素材の色を活かしたり、白やグレーなどのベーシックカラーを多用する色使いは、家具のイメージをクリーンに見せる効果を発揮している。

この北欧デザインの文脈を、アクセル アリガトの「Genesis Vintage Runner」も組んでいる。このランニングタイプのスニーカーは、デンマーク家具のように一見シンプルに感じられても、ソールやアッパーには複雑性が作り込まれていた。ソールは側面から見ると、スラッシュによって3段階に区切られていることがわかり、中央に位置するソールの底には波型のカッティングを施されていた。アッパーもフォルム自体はシンプルだが、ブラウン、オレンジ、ダークグレー、ミントの4色が切り替えを入れながら、パッチワーク的に配色されている。ただし、アッパーに用いられた4色は、いずれの色もトーンが優しく柔らかいため、全体の印象は軽やか。

つまり、複雑な作り込みを行っても、色のトーンを抑制することで、ミニマリズムとは異なる世界線のシンプルデザインが完成するということだ。鍵は色の種類ではなく、色のトーンになる。たとえば、レッド・ブルー・イエローという3色を使用したとしても、アクセル アリガトのように色のトーンを抑えれば、そのデザインは柔らかさと優しさを伴うクリーンデザインが完成する。

アレックス アリガトには「Marrathon」と名付けられたスニーカーシリーズがあるのだが、外観はかなり作り込まれ、1990年代のハイテクスニーカーを思わす。ただし、「Marrathon」から感じられるイメージは、ハイテクスニーカーとは異なる。

やはり色のトーンが控えられているため、フォルムのくどさ(あえてこう言おう)は軽減され、ソフトな印象に仕上がっているのだ。「Marrathon」シリーズには「Dip-Dye」というデザインがあるのだが、これらのスニーカーは色にグリーンやブルーを用いているが、素材を部分的に浸しながら染める技法によって、燻んだ色の表情を作り出し、ハイテクな外観のスニーカーを、ソフトタッチのイメージに転換させていた。

アクセル アリガトのスニーカーを見ていて、改めて思うのは色の持つパワーだ。靴に限らず、ファッション全般に言えるが、アイテムの印象を決定づける大きな要素が「形」と言っていい。どんなフォルムが形作られているのか。それがアイテムに個性をもたらす。同じように、アイテムに使用される「色」もデザインの印象を左右する大きな要素だ。

アクセル アリガトを見ていると、形以上に色が持つ影響力の大きさに気づかされる。たとえアヴァンギャルドと言われる造形であっても、静かなトーンの色の前では、その迫力が大幅に低減されるのではないか。

アクセル アリガトのアプローチは、服のデザインにもきっと応用可能だろう。現在のアクセル アリガトはウェアラインも発表しており、色使いはスニーカーと同じく優しいトーンだが、服の造形には関してはベーシックで、ウェアデザインにはスニーカーほどの特異さは感じられない。もし、ジャケットやアワードジャケットのフォルムにアヴァンギャルド性を滲ませ、スニーカーと同様の色使いが用いられていたなら、ファッションの文脈的に面白いデザインが誕生していたように思う。ただし、そのウェアデザインは少々奇抜で、アクセル アリガトの顧客に馴染まないかもしれない。

色の魔法を見せてくれたアクセル アリガトに感謝を伝えたい。ありがとう。

〈了〉

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