AFFECTUS No.426
久しぶりに、面白いディレクター人事のニュースが飛び込んできた。現在、「ユニクロ(Uniqlo)」や「ジーユー(GU)」などを展開する「ファーストリテイリング(Fast Retailing)」の傘下に収まる「ヘルムート ラング(Helmut Lang)」が、5月15日にニューヨークの若きスターデザイナー、ピーター・ドゥ(Peter Do)をクリエイティブ・デイレクターに起用することを発表した。
ドゥは、ニューヨークにあるファーストリテイリングのヘルムート ラング デザインスタジオに拠点を置き、メンズとウィメンズ双方のコレクションを監修する。デビューコレクションの2024SSコレクションは、9月に開催されるニューヨークファッションウィークで発表される。
1956年生まれのオーストリア人デザイナー、ヘルムート・ラングが1976年に設立したブランドは、1986年にパリでデビューコレクションを発表すると、瞬く間に世界的人気ブランドへと駆け上がった。ブラック、ホワイト、グレーなどのベーシックカラーを使用し、装飾性を削ぎ落としたラングのミニマリズムは、1990年代のファッション界を席巻する。
1997年には、拠点と発表の場をニューヨークに移し、精力的にコレクションを発表していくが(この時期のラングが私は非常に好きだった)、2004年に「プラダ(Prada)」に買収されて子会社となった。そして2005年1月には、ラングがクリエイティブ・ディレクターを辞任する。この時、ヘルムート ラングというブランドは終わったと言える。
その後ヘルムート ラングは、2006年に日本のリンク・セオリー・ホールディングス(ファーストリテイリングの傘下)に売却された。以降、ヘルムート ラングは様々なデザイナーが手掛けるが、近年で印象的だったのは、イギリスのカルチャーメディア「DAZED」の編集長イザベラ・バーレイ(Isabella Burley)を起用した2017年だろう。バーレイは、新世代のデザイナーとカプセルコレクション形式のプロジェクトをスタートし、注目を浴びた。第1弾には、「フッド バイ エアー(Hood By Air)」のシェーン・オリバー(Shayn Oliver)が指名される。
しかし、そのプロジェクトは短期で終わり、現在に至るまでヘルムート ラングが業界の話題に上がることはない状態だった。しかし、存在感の薄れてしまったブランドに突如舞い込んだニュースは、この伝説のブランドに再び脚光を浴びさせた。
それもピーター・ドゥの起用という人選あってこそ。現在、ニューヨークの若手デザイナーの中でも、一際輝く存在感を放つデザイナーがディレクターに就任するのだから、注目されないわけがない。
創業者のラング本人が率いていたころのヘルムート ラングを、ドゥが引き継ぐとなったら、相性は微妙だったかもしれない。当時のヘルムート ラングは、アバンギャルドな感性を持つ人間が、ミニマリズムをデザインするブランドだった。ラングという人間の本質は、ミニマリズムではなくアバンギャルドで、表現方法がミニマリズムだったというデザイナーだ。
ファッション界から去ったラングはアーティストへ転身し、所有していた自らのコレクションすべてを焼却してアート作品にする。この行動に、ヘルムート・ラングという人間の本質が現れている。もし当時のヘルムート ラングを引き継ぐなら、ラフ・シモンズ(Raf Simons)のようなデザイナーがふさわしかっただろう。
だが、今のヘルムート ラングにはそのような狂気はない。ミニマルなモダンウェアを発表するニューヨークブランド。それが、現在のヘルムート ラングに抱く印象だ。ただ、誤解して欲しくないのは、そのことを私は否定しているわけではない。
ヘルムート ラングが見せてくれたミニマリズムファッションが、私は今でも好きだ。そのファッション性を現代にも引き継ぐ今のヘルムート ラングを、否定できるはずなどない。ただし、近年のヘルムート ラングが話題になっていないということは、コレクションに独創性が欠けていた証になるだろう。
デザイナーのラングが持っていたミニマリズムファッションを、蘇らせるデザイナーとしてドゥほど適したデザイナーはいない。ドゥのデザインの特徴は、カッティングにある。テーラードジャケットなどマニッシュなアイテムを、モードなカッティングで、着用する人間をクールに変身させるドゥの手腕は見事だ。
ドゥのデザインは現代ではアナログに属したものになる。直接、布を人間に纏わせて自ら鋏を入れながら、服の形を模索する。コレクションの印象はあれほどスタイリッシュなのに、服作りの手法は極めて古典的。その様子が垣間見える映像がYouTubeにアップされているので、観たことのない方・興味のある方は一度観てほしい。
“IN THE FRAME: GETTING TO KNOW PETER DO”
もちろん、ブランド規模が拡大した今も同様の手法を継続しているかは定かではない。だが、コレクションを見る限り、カッティングを尊ぶドゥの精神に変わりはない。
ラング本人が率いていたころ、ヘルムート ラングのミニマリズムを形作る要因となっていたのはまさにカッティングだった。ドゥの切れ味鋭いカッティングなら、当時のヘルムート ラングに通じる服を、いや、2023年の今だからこそ生み出せる最新のラング ミニマリズムを体現できるはずだ。
4ヶ月後、ピーター・ドゥは、私たちにどんなヘルムート ラングを見せてくれるのだろう。期待を抱いて、静かにその時を待ちたい。
〈了〉