釣りカルチャーから誕生したダイワ ピア39を考察

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AFFECTUS No.430

最近、展示会を取材していくうちに、カルチャーが反映されるブランドは、ビジネスが伸びる可能性が高いと感じるようになった(もちろん、絶対というわけではないが)。音楽やスポーツなどのカルチャーを、デザイナーがファッションとして表現する。そうして制作されたコレクションは、リアルであると同時に高揚感あるファンタジーを見せてくれる。

私がそのことを改めて実感したのは、「チルドレン オブ ザ ディスコーダンス(Children of the Discordance)」2023SSコレクションの展示会を訪れた時である。音楽性に富んだストリートスタイルは、レゲエやヒップホップといった音楽カルチャーを愛する男性たちの心を捉え、普及していくであろう魅力が迫ってきた。

今回ピックアップするのは、釣りというカルチャーから誕生したブランド「ダイワ ピア39(Daiwa Pier39)」。「大自然と都会」を「シームレスに繋ぐ架け橋」という考えを提案するダイワ ピア39は、世界のフィッシング市場をリードする日本の釣具ブランド「ダイワ(Daiwa)」が展開するアパレルラインで、「ビームス(Beams)」でクリエイティブ ディレクターとして活躍した中田慎介(2023年3月にビームスを退社して独立)がディレクターを担う。

このブランドは、ビームスが手がけるB2B事業(Business-to-Business、企業が企業向けに行う事業)の一つになる。ブランド誕生のきっかけは、ダイワを展開する企業「グローブライド(Globeride)」からビームスへのアプローチだった。

釣りもできるデイリーウェアを展開し、より幅広い層にブランド「ダイワ」を認知してもらい、新しいファンを獲得したいという考えから、グローブライドがビームスにコンタクトを取り、ダイワ ピア39が始動する(デビューシーズンは2020SS)。B2B事業であるため、ビームスは深く関与しているが、通常のコラボレーションとは異なり、ビームスの名前が表に出ることはほぼない。

いつも私が取り上げるモードブランドとは趣が異なるが、釣りから誕生した人気ブランドいうことで、コレクションにどのような特徴があり、そしてなぜダイワ ピア39がファンを獲得できたのかを、私なりに考えていきいたい。

まずは服のデザインから見て、その特徴を把握していこう。

参考にチェックしたコレクションは、2023SSコレクションである。ダイワ ピア39は「釣りをするための服」ではなく、「普段着なのに釣りができる」がテーマとなって制作されている。コレクションを見ると、たしかにテーマを実感できるデザインだった。

釣りの経験がほぼない私が、釣りと聞いて真っ先に思い浮かべるアイテムがフィッシングベスト。ルアーなどの釣り用具を収納できる、大小のマチ付きポケットが取り付けられたベストで、撥水性など釣りに適した機能素材で作られているアイテムだ。

フィッシングベストと言えばマチ付きポケットで、2023SSコレクションには、マチ付きポケットを多く取り付けたアイテムが散見された。ワークブルゾンやフード付きアウターという、マチ付きポケットが付いていても違和感のないアイテムから、ショートパンツとステンカラーコートといったアーバンアイテムまで、フィッシングベストを代表するディテールが、釣りとは別カテゴリーのアイテムにも使用されていた。

コレクションはミリタリーとワークのテイストに強いが、テーラードジャケットやシックなシャツも発表されている。フィッシングファッションに限らず、世界に普及している定番ファッションを、着用していて快適そうに見える緩やかなシルエットで仕上げ、ネイビー、オリーブ、グレーなどのベーシックカラー、ボルドー、ブルー、オレンジといった明るい色をアクセントに加え、爽やかなトーンの色展開がなされている。もし、釣りという背景を知らなければ、街中で着られるタウンウェアとして私は認識しただろう。

素材はテクニカルだ。クルーネックカットソーの生地は、ナイロンとポリウレタンを使用したスーパーストレッチ素材であると同時に速乾性を兼ね備え、ボリューミーなシルエットのポロシャツは、2種類のポリエステル原料を使用した、密度の詰まったコットンタッチの鹿の子素材で作られている。

身体にストレスを与えないオーバーサイズと機能性素材で仕立て、クリーンな色使いで洗練されたイメージも発信するアーバンウェア。それがダイワ ピア39だと言えよう。

このファッションを、釣りマーケットに向けて発信したことがポイントだった。もし仮に、「テクニカルな素材を用いた、スポーティなアーバンウェア」というコンセプトで、トラッドマーケットに発信したとしたら、消費者の反応は違っていたのではないか。

現在は、釣りに限らず、アウトドアやランニングなどスポーティなウェアは、ファッション性の高い服が数多く発表されているが、以前はデザインに物足りなさを覚えている人たちもきっといたはずだ。

昨年、私は「TOKION(トキオン)」でアウトドアとモードを融合するブランド「アンドワンダー(Andwander)」のデザイナー、池内啓太さんと森美穂子さんの二人にインタビューした。

TOKION 「アンドワンダー」デザイナー、池内啓太と森美穂子が創る世界――すべてはフィールドを通してつながる。

取材時に、アンドワンダーを立ち上げるきっかけは何だったのかと尋ねると、池内啓太さんは既存のアウトドアウェアのデザインに対する物足りなさ、自分自身がカッコよさを感じるアウトドアウェアの少なさを挙げた。自分たちが理想とするカッコいいアウトドアウェアを作るという思いから、アンドワンダーが誕生している。

「イッセイミヤケ(Issey Miyake)」出身という、モードの中心地でキャリアを重ねた二人だが、アンドワンダーはマーケットファーストの視点から生まれたブランドとも言える。結果、既存のアウトドアウェアには感じられなかったモード感が、アウトドアファンの心を捉え、人気ブランドへと成長していった。

私はエディ・スリマン(Hedi Slimane)も同じタイプのデザイナーだと考える。ただし、スリマンの場合は対象が自分ではなく他者、ロックを愛する若者たちがターゲットになっている。彼ら彼女たちが着るファッションを、通常の若者たちの服では使わないだろうラグジュアリーな素材で、シルエットも色もディテールもスリマンの解釈によって魅力を最高レベルに高められた服が、エディスタイルだ。誰のために作るのか、着る人が明確だからこそ、スリマンの服は熱狂を得ていくのだろう。「これこそが、自分たちのための服だ!」と。

現在の「セリーヌ(Celine)」はルーズシルエットを発表しており、スリマンの代名詞であるスキニーシルエットから離れているが、これは単純に、スリマンの愛する若者たちがオーバーサイズシルエットを好むようになったから、スリマンもシルエットを変えただけではないかと考える。決して「デザインが変わらない」という業界の批判に反応したのではなく、あくまで自身の愛する若者たちが変わったから、デザインを変更しただけだろう。

単純にデザインの良し悪しだけで、ブランドのビジネスは決まらない。どのマーケットへ投入するかによって、同じデザインでもブランドの価値は変わっていく。ダイワ ピア39は釣りマーケットに隠れていたニーズ=「優れたファッション性の釣りもできる日常着」を他のフィッシングブランドに先駆けて具現化し、洗練されたデザインが、釣りを愛する人々以外からも支持を得るようになった。私はそんなふうに考える。

すでにマーケットが確立されているカルチャーから、派生したブランドは強い。もちろん、同じ手法を実践したからといって、必ずしも成功するわけではない。ましてや現在は、ライバルも多くなっているだろう。だが、まだ隠れたニーズを持つカルチャーマーケットがあるかもしれない。それを見つけることも、ファッションデザインだ。ダイワ ピア39から学ぶことは多い。

〈了〉

*「東洋経済」にダイワ ピア39を取材した記事(2021年5月公開)が掲載されている。興味のある方は読んでみてほしい。

ダイワ「釣りベスト」が新宿伊勢丹で即日完売の訳 釣りの老舗のアパレル戦略に隠された仕掛け」

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