AFFECTUS No.432
「ディーゼル(Diesel)」がダスティな世界観に磨きをかけている。もちろん、その立役者は2020年10月にクリエイティブ・ディレクターに就任したグレン・マーティンス(Glenn Martens)だ。自身の評価と名声を高めた「ワイプロジェクト(Y/Project)」のディレクションと並行させながら、マーティンスは、イタリア発の色気にあふれたデニムブランドを改革していく。
マーティンスのデザインにおける最大の特徴は、ツイストされたフォルムとアンダーグラウンドな世界観だろう。ワイプロジェクトのコレクションでは、服を捻ったような特異造形が多くのアイテムで登場し、スタイルから浮かび上がる人間像は、世間の目から逃れるように、けれど強固な意志を持って生き抜く姿。ワイプロジェクトでは、プロダクトとイメージの融合が高いレベルで図られ、鮮烈なデザインが披露されてきた。
マーティンスは、ワイプロジェクトで培った自身の武器をディーゼルにも投入し、カジュアルなデニムブランドをヨーロッパでも注目のモードブランドへと一気に押し上げた。新生ディーゼルは、コレクションを重ねるごとにオリジナリティの深みを増していたが、5月に発表された2024Resortコレクションで新たな一面を披露する。
それが近未来感である。
ディーゼルの代名詞であるデニムはもちろん、コレクションに使用された素材は、ブラック、イエロー、ブルーなどに染められているが、色の表現がスプレーを吹きかけたようにグラデーションを起こし、燻んだ雰囲気を醸す。加えて、シャイニーな加工が施された素材も多用されていて、澱みを伴う煌めくテキスタイルが、暗さを帯びた近未来世界を創り上げた。色の表現に関しては、波紋のように広がるブルー系やピンク系のマーブル模様の生地も使われ、2024Resortコレクションは異様な世界観も強化されている。
造形に関して言えば、マーティンス得意のツイストフォルムは見られず、基本的にはシンプル。その代わり、横方向にボリューミーな形のアイテムが非常に多く登場した。身体のラインを覆い隠すワイドな服は、人間を美しく見せることを拒否しているようにさえ見えてしまう。マーティンスは、人間の中に潜む野生味を引き出そうとしているのではないか。そう思えるほど、ジーンズやブルゾンがワイルドな香りに満ちている。
スマートなシルエットにも、マーティンスの姿勢は徹底されていた。スレンダーなデニムやドレスも発表されてはいるが、無数のスラッシュ、燻んだカラー、シャイニーだが燻んだ色味の加工などで素材にダークな表情を作り出し、コレクションのムードを決して明るいものにはしない。
バスケットボール、ラップ、テーラード、カジュアルなど、コレクションには幅広いファッションが見られ、どれもストリート色を強くすることで統一が図られていた。メンズのセットアップに、端正な美しさは皆無。このジャケットのシルエットを「ストレート」と表現するのはお洒落すぎる。「寸胴」と表した方がふさわしい。パンツも同様だ。股上が深く、シルエットは足を野暮ったく覆い、裾はスニーカーのアッパーの上でだらしなくクッションを作り出し、エレガンスの欠片もない。
しかし、「美しいスタイルを作る」という、ファッションでは当たり前の行為とは逆の行為が、ディーゼルのコレクションに差別化をもたらす。加えて今回のコレクションでは、シャイニーな素材がディーゼルスタイルに近未来イメージも植え付け、それはまるで未来のアンダーグラウンドで着られるデニムスタイルが、現代に登場したと言ってもいい世界観だった。
ファッションデザインの目的が「人間の心を揺らすこと」にあるなら、美しい服で魅了することも、美しく見せようとしない服で魅了することも同じではないか。エレガンスという感覚で人間の心を震わすだけが、ファッションではないはず。
ファッション王道のデニムスタイルに、コンセプチュアルな匂いを感じてしまうディーゼル。アヴァンギャルドな造形だけが、コンセプチュアルというわけではないという、またも新鮮な感覚に襲われる。グレン・マーティンスは、想像以上に大きな可能性を秘めるデザイナーに思えてきた。私は彼の才能の奥底まで覗き込みたい。
〈了〉