LVMH PRIZE 2023年度グランプリはセッチュウ

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AFFECTUS No.433

「LVMH PRIZE」2023年度のグランブリが発表された。選出されたのは、ミラノを拠点に活動する日本人デザイナー桑田悟史による「セッチュウ(Sechu)」。日本人デザイナーの受賞は、2018年度の「ダブレット(Doublet)」井野将之以来の2人目となる。また、カール・ラガーフェルド審査委員特別賞は「ベッター(Bettter)」のジュリー・ペリパス(Julie Pelipas)と、「マリアーノ(MAGLIANO)」のルカ・マリアーノ(Luca Magliano)が受賞した。

審査員を務めたのは、「クリスチャン ディオール(Christian Dior)」のマリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)、「ディオール メン(Dior Men)」のキム・ジョーンズ(Kim Jones)、「ルイ ヴィトン(Louis Vuitton)」のニコラ・ジェスキエール(Nicolas Ghesquiere)、「ロエベ(Loewe)」のジョナサン・アンダーソン(Jonathan Anderson)など錚々たる面々だ。

1983年生まれの桑田は、京都、パリ、ミラノ、ロンドン、ニューヨークで暮らした経験を持ち、高校卒業後に「ビームス(Beams)」で販売員として、ファッション界でのキャリアをスタートさせた。21歳になるとイギリスへ渡り、ロンドンのサヴィルロウにあり、1894設立の歴史を持つ「ハンツマン(Huntsman)」で働き始め、顧客の採寸など、実地でテーラリングの経験を積みながら、ロンドンの名門セントラル・セント・マーティンズ(Central Saint Martins)に入学する。

在学中から「ガレス ピュー(GARETH PUGH)」でアシスタントを務め始め、その後、「ジバンシィ(Givenchy)」、Ye(カニエ・ウェスト)のもとでさらにキャリアを重ね、2020年に自身のブランドを設立した。

セッチュウのシグネチャーとなっているのは、折り紙をモチーフにしたフォルムデザイン。LVMH PRIZEの公式サイトでは、セッチュウのデザインを体感できるショートムービーがアップされていた。映像が始まると、男性モデルが地面に脚を伸ばして座っている姿が映し出される。赤いライダースジャケットを着用して座る彼の周囲には、赤いテキスタイルが折り紙を置いたように広がっていた。そして、男性モデルが立ち上がると、赤いテキスタイルは、裾がイレギュラーなカットのスカートへと変身する。

上記のショートムービーと同じLVMH PRIZE公式サイトの、セッチュウを紹介するページでは、桑田が折り紙を折る姿を写した映像も公開されていた。その映像からは、彼の自宅兼アトリエで、床の上でパターンを書き、生地を細断し、ミシンを踏んで服作りを進める姿も映し出された。

ヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)をはじめとした、新世代のデザイナーはイメージの構築によってデザインを発想していくが、桑田はハンツマン出身という背景も関係しているのか、自らの手を動かしながら、コレクション制作を行うタイプのデザイナーであることが伺える。

セッチュウのコレクションを見ていくと、ライダースジャケットやテーラードジャケットなど、ベーシックアイテムを基盤にしてデザインしており、色使いもブラックやベージュ、グレーといった基本色が多用されている。折り紙モチーフのフォルムがそうであるように、セッチュウは特異なカッティングによって、ベーシックの造形に面白さを出していく。結果、完成した服はクリーンな雰囲気はあるのだが、服のカットが挑戦的であるためにリアルなモードウェアという、現実と非現実のバランスがとれたアイテムが生まれていた。

決しておとなしいデザインではない。そうかといって、「チャールズ ジェフリー ラバーボーイ(Charles Jeffrey Loverboy)」のように、アヴァンギャルドが強いわけでもない。まさにブランド名の「セッチュウ(折衷)」が表す、ベーシックとモード双方の良いところを取り入れた、バランスの美しさが魅力のコレクションだと言えよう。

また毎シーズン、開発するオリジナル素材も特徴で、セッチュウは素材とパターンを作り込むことによって、シンプルだったはずの服を個性的な服へと変貌させる。

今回グランプリを獲得したセッチュウ、特別賞を受賞したベッターとマリアーノのデザインを見ていくと、それぞれベーシックアイテムがデザインのベースになっている。しかし、シンプルで綺麗な服とは言えないデザインに仕上がっていた。現在は、「クワイエット ラグジュアリー」と称される、最高級の素材を使ったシンプルウェアがトレンドとしても注目されている一方で、ストリート発のグラフィカルなデザインも根強い時代だ。リアリティとモードが溶け込む受賞ブランドたちのデザインは、まさに現代を表現した服に思えた。

そして、時代を象徴するブランドとして選ばれたのが、セッチュウだったと言えよう。

通常、ビジネスの実績があることは評価される。しかし、LVMH PRIZEにおいては実績がありすぎることは不利に働く。あくまでもLVMH PRIZEは「これからのブランド」を支援していくアワードで、まだビジネス規模の小さいセッチュウが受賞したことは、このアワードの精神が現在も健在であることを証明している。

LVMH PRIZEでグランプリを獲得したからと言って、決して成功が約束されるわけではない。第1回開催となった、LVMH PRIZE 2014年度グランプリのトーマス・テイト(Thomas Tait)はその後ブランドをクローズしてしまった。

しかし、LVMH PRIZEでセミファイナリストやファイナリストに選出されたブランド(デザイナー)は、飛躍するケースが多いのも事実だ。LVMH PRIZEは、才能を見出す審美眼では世界屈指の、いや、今や世界No.1のアワードだと断言できる。セッチュウに対する期待も大きくなる。どんな未来を歩むのか。セッチュウのこれからを見ていきたい。

〈了〉

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