女性のエレガンスを用いた本格的メンズウェアのサンローラン

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AFFECTUS No.434

現代ファッションに欠かせない色の黒が、男たちの色気を引き出す。アンソニー・ヴァカレロが「サンローン(Saint Laurent)」で披露するメンズデザインに、鮮烈なインパクトの造形や色柄があるわけではない。派手さとは対極の禁欲的なムードが漂う。だが、禁欲的とは言っても、冒頭で述べたように色気が匂う矛盾。ヴァカレロは、スタイルそのものにも矛盾を表現していく。

フロントにピンタックを施した、ウィングカラーの白いタキシードシャツを着用したモデルは、端正なストレートシルエットの黒いパンツを穿き、足元に見えるのは光沢が煌めく黒いエナメルブーツ。ここまでは、非常にフォーマルな印象を与えるスタイルで、何らおかしな点は見られない。

だが、ジャケットに視点を移すと、伝統のメンズスタイルが異端な装いに変貌する。コンクリートショルダーと称したいほど、テーラードジャケットの肩幅が広く、厚みのある肩パッドが使用されて硬さが迫ってくる。

硬く厚く広いショルダーラインを見て、私が思い出したのは「バレンシアガ(Balenciaga)」2017SSメンズコレクションだった。デムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)がバレンシアガのアーティスティック・ディレクターに就任し、メゾン初のメンズランウェイショーを開催したコレクションである。当時、私は発表されたルックを一目見るなり、驚いてしまった。

「なんじゃあ、こりゃ!?」

ジャケットやコートの肩幅が異様なまでに広く、厚かったからだ。まるで、コンクリートの壁にジャケットを着用させているようなシルエットで、私は水木しげる原作『ゲゲゲの鬼太郎』に登場する妖怪から、「ぬりかべショルダー」と呼んだ。

ただ、今回改めてバレンシアガ2017SSメンズコレクションを見返したが、ジャケットのショルダーラインを見ても、当時ほどの違和感は感じなかった。おそらく、ヴァザリアが発表してきた異端なデザインに目も感覚も慣れてしまったせいだろ。

そして、今回のサンローランである。ヴァザリアのショルダーデザインよりも、さらに力強く硬質な服がサンローランのメンズジャケットだ。ショルダーラインが地面と平行なのではないかと思わせるほどで、このフラットラインは明らかにヴァザリアのバレンシアガを上回る。

ジェンダーレスデザインが浸透した現代と逆行するように、歴史的に男性の特徴とされてきた「強さ」がフォーカスされ、その強さを、同じくメンズファッションの伝統であるフォーマルスタイルが強調する。

しかし、ヴァカレロはここから仕掛けてくる。

ショーが進行すると、ウィメンズウェアの要素が混ざり始めてきたのだ。胸元が大きく開いたシルキー素材のタンクトップ、肌を大胆に透かす黒い生地の上に白いドットが浮かぶ、マフラーネックのトップス、ボウタイ状のホルターネックトップス、ワンショルダーの細かい白いドットが浮かぶトップス、ドレープを多用したノースリーブトップス、オフショルダートップスと、女性のボディラインを装ってきたアイテムとディテールが、男性モデルの身体の上で展開されていく。肌の見せ方が、トラディショナルなメンズファッションとは異なり、実にウィメンズファッション的だ。

トップスに登場したウィメンズデザインと、ジャケット&パンツを軸にしたフォーマルなメンズファッションが、一つになったコレクション。それが、今回のサンローランだと言えよう。

ボトムは一貫してパンツで、スカートは登場しないし、ワンピースも現れない。上半身の肌は見せても、脚を見せないことで、このコレクションはあくまでメンズウェアなのだと強調している。それゆえ、私は今回のサンローランをジェンダーレスファッションと呼ぶことには、違和感を感じてしまう。これは男性の色気と強さを引き出すために作られた、オーソドックスなメンズウェアに属する。

近年のサンローランは、ウィメンズウェアよりもメンズウェアの方が冴えている。ヴァカレロの才能が最も輝くのは、メンズウェアなのではないかと思うほどに、サンローランのメンズコレクションは見事なクオリティを発表している。

ヴァカレロは、決してアヴァンギャルドなデザインをしたわけではない。アイテム一つひとつを見ていけば、いずれも見慣れた素材・色・シルエット・ディテールばかりだ。ただし、それらの組み合わせ方で、オリジナリティの濃いデザインを完成させた。

驚きの手法だけが、個性的なファッションを生む唯一の手段ではない。シンプルなデザイン、トラディショナルなデザインでも、モードは生まれるのだ。聡明な才能を持つヴァカレロに、私は拍手を送りたい。

〈了〉

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