モードデザイン史の観点からファレル・ウィリアムスを読む

スポンサーリンク

AFFECTUS No.435

日本時間6月21日未明、世界中から注目されたコレクションがパリで発表される。ファレル・ウィリアムス(Pharrell Williams)による「ルイ ヴィトン(Louis Vuitton)」2024SSメンズコレクションは、セーヌ川にかかる橋のポンヌフ(Pont Neuf)がランウェイとなり、モデルたちが闊歩していく。今回は、ウィリアムスのデビューコレクションをデザイン面にフォーカスし、モードデザイン史の観点から見た時に感じられた価値を、語っていきたいと思う。

まずは、発表されたルックについて触れたい。

コレクションの主役は、モノグラムと双璧を成すルイ ヴィトンのシグネチャー、ダミエだ。シックな市松模様に、様々なアレンジが加えられたテキスタイルはパリ最古の「新しい橋」を彩る。二つボタンのセットアップは、迷彩柄を基盤にしたダミエ素材で仕立てられていた。迷彩色で作られた「Damouflage」は、8ビットで制作されたゲームを思わすグラフィックを完成させ、オーソドックスな形のジャケットとパンツに、カジュアルな趣と異端性を持ち込む。

色の組み合わせを変えたダミエも登場する。定番のベージュ×ダークブラウンではなく、濃淡の異なる2種類のライトグレーを用いたダミエは、ジャケットとハーフパンツの素材として使われ、クラシックともストリートとも言える、スタイルの境界を曖昧にする効果を発揮する。

その他にもブラックベースのダミエ、デニムカラーのダミエ、爬虫類の皮膚を思わせるダミエなど、バリエーション豊富な伝統の柄素材が、クラシック、ストリート、アメリカントラッド、スポーツと様々なスタイルに使用されていた。スタイルが幅広く展開されていた今コレクションだが、ダミエが多用されることで全体には統一感が生まれていた。

テキスタイルのインパクトに比べ、アイテムのシルエットやディテールに関していえばシンプルだと言えよう。ベーシックと言うほど定番のデザインではなかったが、大胆さを感じたディテールは18番目に登場したワークジャケットのポケットぐらいで、そのほかのアイテムは王道のベーシックから大きく逸脱するデザインではなかった。

そのため、スタイル自体は非常にリアルでパーソナルなものに感じられた。「ウィリアムス自身が、ランウェイを歩いているのではないか?」という想像を掻き立てられたし、もしかしたらショーの最後を飾るラストルックで、ウィリアムス自身が登場するのではないかと、私はライブ配信されたショー映像を観ながら考えてしまった。実際には、ウィリアムスが登場したのはフィナーレのみだったが。

「リアルでパーソナル」
「ウィリアムス自身がランウェイに登場するのではないか」

だが、この二つの感覚を覚えたことで、ウィリアムスのルイ ヴィトンに、モード史の観点から見た時、ある価値を感じた。

モードにおいて重要なのは造形である。それは歴史を見れば明らかだ。1950年代に発表された「クリスチャン ディオール(Christian Dior)」のニュールック、1980年代に発表された「コム デ ギャルソン(Comme des Garçons)」のボロルック、2010年代に発表された「ヴェトモン(Vetements)」のビッグシルエットなど、世界に驚きをもたらすモードは、造形に焦点を当てたデザインが多い。

また、新しいライフスタイルを促すデザインも忘れてはならない。ココ・シャネル(Coco Chanel)が提唱したジャージやパンツを穿くスタイルは、女性が働くという価値観を築き上げた。1970年代にイヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent )が発表したスモーキングも、女性の社会進出を促進させたスタイルである。

そしてこれは、シルエットというよりも、プロポーションと言ったほうが私はしっくりくるのだが、身体の見せ方のバランスに新しさを持ち込むデザインも、モード史では注目せねばならない。21世紀の代表的デザインと言えるのが、2000年代に登場したエディ・スリマン(Hedi Slimane)のスキニーシルエットと、トム・ブラウン(Thom Browne)が考案したアンクル丈のメンズスーツだ。

新たな価値観を打ち立てることで、モードの文脈を更新するデザイナーもいる。1988年にデビューしたマルタン・マルジェラ(Martin Margiela)は、古着に一切を手を加えない服を新しい服として発表したり、過去のコレクションをグレーに染め直しただけのコレクションを最新コレクションとするなど、古さが新しさになりうるという価値をもたらす。

1990年代と2000年代にデビューしたラフ・シモンズ(Raf Simons)とジョナサン・アンダーソン(Jonathan Anderson)は、ジェンダーに新しい概念を持ち込んだと言えよう。シモンズは、スクールスタイルとロックミュージックを掛け合わせたメンズウェアで、それまで強さが象徴だった男に対して、内面に潜む繊細さ、弱さも男のエレガンスなのだと訴え、少年たちから熱狂を獲得した。

アンダーソンは、筋肉質な男性モデルにフリルシャツやフリルスカートをダイレクトに着用させ、男性と女性の境界を曖昧化させた。彼の登場によって、ジェンダーレスという概念は、ファッション界を超えて社会に、世界に大きく広がった。アンダーソンはほぼ同時期に登場したデムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)に比べると、ファッションんそのものへの影響力は劣るが、社会にもたらした影響力ではヴァザリアよりも大きかったと考えている。

このようにモードの文脈を更新するデザインは、二つに分けるとするなら、造形と価値観の2種類があげられる。では、ウィリアムスのルイ ヴィトンはどうだったか。造形面に関していえば、新しさは皆無と言えるだろう。むしろ、前回まで製作していたデザインチーム主導のコレクションの方が、フォルムデザインに面白さがあった。その反動があったからだろう、私はウィリアムスのデザインに「リアルでパーソナル」という感覚を覚えたのだと思う。

ウィリアムスのデビューコレクションが発表されると、「ヴォーグ(Vogue)」が興味深い記事をすぐさま発表していた。

Vogue “Seven Times Pharrell Williams’s Debut Louis Vuitton Collection Referenced His Own Closet”

ウィリアムスが公の場に登場した過去20年間の写真を調べると、デビューコレクションには、彼自身のクローゼットの影響が明らかという内容の記事で、実際に過去のウィリアムスの写真と、今回発表されたルックを並列することで、今コレクションとウィリアムスのスタイルの関連性も示している。

時代を切り拓く、最先端ファッションが発表されるはずのパリモードで、一人の人間のパーソナルスタイルが発表される。私が文脈的な面白さを感じたのはそこだった。服は異なるが、マルジェラが古着を最新作として発表したことに通じるものがある。

今、クワイエット ラグジュアリー(Quiet luxury)が一つのトレンドとして注目されている。ファッションそのものは、2010年前後に世界中で人気となったノームコア(Nomecore)と同様のシンプルさだが、比較的お手ごろなプライスのブランドや服もノームコアに属していた。しかし、クワイエット ラグジュアリーは最高級の素材で仕立てた、贅沢な普通の服だ。ウィリアムスは自身のクローゼットに掛けていた服を、ルイ ヴィトンならではの素材と技術で仕立て上げ、同時にストリートならではのグラフィカルな魅力も取れ入れ、最新ファッションとして発表した。ルックは非常に装飾性が強いが、シンプルな造形の服は、ウィリアムス流クワイエット ラグジュアリーと呼んでもいい。

爆発的ストリートブーム以降、世界中を熱狂させるトレンドは未だ現れていない。だが、YouTubeやInstagramを通じて、無名の個人が自身の「好き」を徹底的に磨き上げて表現し、努力と実力でスターになれる時代に、みんながユニフォームのように同じスタイルを着るビッグウェーブは必要ないのかもしれない。一人ひとりが自分の愛する服を自由に着こなし、街を歩く。一見バラバラに見えるファッション。しかし、根底では同じ思想で繋がるファッション。そんなトレンドが、誕生したとしても不思議ではない。

モードファンは、造形やスタイルでおとなしいウィリアムスのデザインに、満足できないかもしれない。正直に言えば、私もその一人になる。だが、価値観という文脈でモード史を見た時、興味深いデザインだったと言えるのが、ウィリアムスが手がけたルイ ヴィトンのメンズコレクションである。

私も自身のスタイルを追求したくなってきた。今、人生で初めて「ヨウジヤマモト(Yohji Yamamoto)」を本格的に着たいと思い始めている。自分の好きを徹底的に楽しんでこそ、ファッションは面白い。ファレル・ウィリアムスは、ルイ ヴィトンというフィルターを通して、自身の「好き」をこれからどう具現化していくのだろう。次回のコレクションに注目したい。

〈了〉

スポンサーリンク