エルメスのパンツは気品で酔わせる

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AFFECTUS No.441

ファッション史を振り返ると、そのほとんどウィメンズウェアへの言及になる。装飾性、色彩、造形、服のあらゆる側面でウィメンズウェアは非常に華やかで個性的、年代ごとの変化も大きい。翻ってメンズウェアは硬直的とも言える。シャツ、ジャケット、パンツなど、スタイルを構成するアイテムは限定され、色彩や素材においてはウィメンズほど彩り豊かではなく、造形面でも迫力と大胆さでは劣る。

とりわけボトムは差が大きい。ウィメンズは、脚を魅せる表現が多彩だ。ワンピース、スカート、パンツとアイテム自体に選択肢が多く、Aラインやストレートなどシルエットによる横のデザイン、ショート・ミドル・ロングとレングスによる縦のデザインとバリエーションがあり、その二つの組み合わせでデザインの幅はさらに広がっていく。

一方、メンズはパンツにボトムがほぼ限定され、ジェンダーレスが浸透した今も、メンズの主役ボトムはパンツであることに変わりはない。パンツでもシルエットと着丈で差をつけることはもちろん可能だが、ワンピースやスカートと比較すれば、パンツは横に変化を出せる分量に限界がある。

パンツは腰から広がりを出しても、裾へ帰結させるために、シルエットに大きな変化を出すのは容易ではない。パンツの裾幅を広くすると言っても、ワンピースやスカートの幅まで出すのは現実的ではないし、構造的に股上があるならスーパーワイドなパンツと言うことは可能だが、もしスカートと同様のレベルまで裾幅を広くするなら、それはもはやスカートと呼ぶのが適切ではないか。

パンツの定義の話になってしまったが、メンズはパンツがスタイルを創ると言ってもいいほどで、独自性高いパンツを作れるデザイナーが強いカテゴリーだ。2000年代はそのことを物語るデザイナーが現れた。エディ・スリマン(Hedi Slimane)とトム・ブラウン(Thom Browne)の二人である。

スリマンは「ディオール オム(Dior Homee)」時代にスキニーシルエットのジーンズを発表し、ロックなエディスタイルで世界中を熱狂させ、ブラウンは踝を大胆に見せるレングスのパンツで、メンズスーツに変革を起こした。今では男性が踝を見せる丈のパンツを穿くことは自然だが、このスタイルはブラウンの登場以降に、より深く広くマーケットに浸透したように思う。

キコ・コスタディノフ(Kiko Kostadinov)もパンツデザインに力を注ぎ、構造面で独自性を打ち出す。日本国内に目を向ければ、パンツで評価を高めたデザイナーもいる。「シュタイン(Stein)」のデザイナー浅川喜一朗は、3本のパンツからブランドをスタートさせ、パンツによって人気を高め、フルアイテム展開するまでコレクションを拡大した。シュタインは、近年では海外との取引を増加させるまでの人気を得ている。

2024SSシーズンのパリ メンズファッションウィークを見ていると、パンツの美しさに惹かれるブランドが登場した。ヴェロニク・ニシャニアン(Veronique Nichanian)がディレクターを務める「エルメス(Hermès)」のメンズラインだ。

一目惚れと言ってもいいほど、パンツを見た瞬間に「穿きたい」と思わせたのがシルエットだった。股上はやや深めで、腰回りは幾分ゆとりがあり、腰回りから膝まで緩やかに形が広がったあとは、裾に向かって徐々にテーパードしていき、足首を覗かせるレングスでフィニッシュ。見ているだけで、軽やかさが感じられてくる、爽やかで清涼感のあるパンツだ。

ウェストは、タックが入るクラシックな仕様もあれば、ノータックもあり、パンツのシルエット自体はベーシックで特別な驚きはない。ただ、バランスが美しい。ウェストから広がっていくパターンのラインどり、ワタリの幅、股上の深さ、美しく見える分量を探って完成させている。新しさよりも美しさを探求している服だと言えよう。

パンツから滲み出ているのは気品。この気品を消さないためにも、トップスに着用するシャツはタックインが望ましい。コレクションで発表されたシャツルックは、裾をパンツに入れているスタイリングがほとんどで、非常に優雅だった。無地の胸ポケット付きTシャツという、究極にカジュアルなトップスを着ても、タックインでエルメスのパンツを穿けば、スリーピーススーツに通じるエレガンスをきっと獲得できるだろう。

誤解を恐れず言えば、視覚的にインパンクトのある造形と素材で作れば、個性的なパンツを作ることは比較的容易だ。一方、エルメスのようにベーシックな形と生地で、目を惹くパンツを作ることには困難さが伴う。だが、エルメスは証明する。バランスの美しさを徹底的に探求することで、モードの舞台でも映えるパンツを制作することは可能なのだ、と。

品格と清涼感に滲むメンズファッションを作り上げた、2024SSシーズンのエルメス。重要な役割を果たしたのは、2本の筒で構成されたシンプルな形の服だった。エルメスのメンズパンツには、クローゼットに保管する愛用のTシャツも、極上の品格を纏う服に変えてしまうパワーがある。

〈了〉

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