ジバンシィに見る現代のシンプルウェア

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AFFECTUS No.442

現地時間2023年6月22日、「ジバンシィ(Givenchy)」2024SSメンズコレクションが発表された。ショー会場となったのは、ナポレオン1世が埋葬されている軍事博物館の回廊。ショーを歩く男性モデルたちの服装は、荘厳な建物が持つ歴史の深みとは対極のモダンなメンズスーツ。ダブルブレスト、シングル、ノッチドラペル、ピークドラペル、ショールカラー。ジャケット王道のディテールが、入れ替わり立ち替わり登場する。パンツもジャケット同様に、特別なディテールやカットが見られるわけではない、極めてオーソドックスな形のスラックス。

だが、ダブルスーツを着たモデルたちにクラシカルな気品を感じるかと言うと、それは微妙に異なる。ジャケットとボトムは、オーバーサイズシルエットで作られ、その姿はルーズな雰囲気を醸し出し、フーディとチノパンツを着用したストリートボーイとイメージが重なっていく。

ライトグレーの生地で作られたダブルブレストコートは、上品な生地の質感とロングレングスの効果もあり、気品にあふれている。しかし、ドロップした肩先と、モデルが歩くたびに揺れるオーバーサイズシルエットが、ここでもストリートな空気を漂わす。

度々登場する、白いシャツにグレーのネクタイを巻き、クルーネックニットを着用したスタイル。メンズクラシックのアイテムたちは、トリコロールカラーのリブニットを使用したブルゾン、イエローとブラックのツートンカラーによるアウトドアブルゾンといった、カジュアルアイテムとスタイリングされ、ネクタイが持つはずの気品がスポーティな柔らかさへと変わる。

驚くほどカジュアルなルックも登場した。トップスはライトグレーのロングTシャツのみ。袖丈が肘付近のハーフスリーブ、身体のラインを覆い隠すワイドなボリューム、ヒップが完璧に隠れるほどのロング丈など、カジュアル仕様をさらに高めるルーズなデザインの数々。怠惰な空気はパンツにも共通し、裾はクッションを作り出して、だらしなくたるむ。

クリエイティブ・ディレクターのマシュー・ウィリアムズ(Matthew Williams)といえば、SF世界観にあふれたダークスタイルが代名詞だった。だが、今回披露されたメンズコレクションは、これまで見せてきたマシュー得意のスタイルとは別世界のリアルワールド。ウィリアムズは、クラシックやトラッドといったメンズファッションの王道を、彼ならではのストリート感が匂うロング&シャープシルエットで料理した。

先シーズンあたりからか、いや、もしかしたら2シーズンぐらい前からかもしれない。コレクションシーンを観察していると、リアルなシンプルデザインの増加を感じるようになった。2010年代に世界中にブームを巻き起こした、ノームコア(Nomecore)を思い起こさせるファッションだ。

ノームコアには、概念的な面白さがあった。個性的な服を着ることで、自分を表現するが、周囲も個性的な服を着てしまえば、結局は各人の個性が埋没していく。だが、人間の個性は一つではない。場所が変われば、時間が経てば、それまでとは違う個性が現れても当然。変化が当たり前になった個性にふさわしいのは、服そのものが個性的なのではなく、自分の個性がどう変わろうとも対応できる、究極にシンプルな服。

正確なノームコアの定義とは異なるが、私はそんな面白さを感じた。とは言っても、ノームコアは服自体が完璧にベーシックだったので、ファッション的面白さにかけていたのは事実だった。

現在、コレクションシーンに登場したシンプルウェアはノームコアとは違い、ベーシックでリアルな形を維持したまま、デザイン性をコンパクトに表現している。ジョナサン・アンダーソン(Jonathan Anderson)が手がける「ロエベ(Loewe)」も、ここ数シーズンは彼の特異な感性をコンパクトに表現したシンプルウェアを発表している。

現地時間7月3日に発表された「クリスチャン ディオール(Christian Dior)」2023AWオートクチュールコレクションは、大胆で装飾的な華やかさが魅力のオートクチュールとは思えないほど潔く簡素で、クリーンなジャケットやドレスがいくつも登場した。ただし、シルエットにはノームコアではまず見れらなかった優雅さがデザインされ、やはりかつてのトレンドとは一線を画す。

現代のシンプルウェアは、モード感を最小限に表現することで、ノームコアとは異なる世界線の服へと到達し始めた。2010年代に世界を席巻したストリートウェア以降のビッグブームが未だ現れない今、一つの兆候として、ジバンシィのメンズウェアをここに記録し、今後のモードを観察していきたい。

〈了〉

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