クリスチャン ディオールとニューノームコア

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AFFECTUS No.443

オートクチュールはファッションの夢を表現する場と言っていい。技術、素材、才能のすべてが結集し、人々を魅了するドレスが完成する。彩り豊かで、繊細な表現が緻密に作り込まれた刺繍、最高峰の原料を用いたウールやシルク、ドラマティックな美を表す造形、オートクチュールといえば豪華絢爛な服を思い浮かべる。一方で、簡素なエレガンスを訴えてくる服もモードの最高峰には存在する。クリスバル・バレンシアガ(Cristóbal Balenciaga)の仕立てるドレスは、シルエットのみでオートクチュールの造形美を見せた代表作と言えるだろう。

7月に発表された2023AWオートクチュールコレクションでも、煌びやかな装飾のドレスが数多くランウェイを歩いた。だが、対極の指向と言えるクリーンでシンプルなコレクションを披露したのが、マリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)が手がける「クリスチャン ディオール(Christian Dior)」だ。

白を基調にしたオートクチュールに、華やかな色彩は登場しない。オフホワイト、グレー、モカ、ブラックといった落ち着いたトーンのベーシックカラーが使用され、クリスチャン ディオールの伝統色であるピンクも登場しない。緻密な刺繍やレース、スパンコールなど装飾性高い素材は用いられているが、いずれもゴールドやベージュ、シルバーなどの色展開であり、しっとりした雰囲気を醸している。

シルエットにも大胆さは見られない。流麗という言葉がよく似合う、ロングレングスの緩やかなボリュームのシルエットが頻繁に登場する。布地をつまみ、タックによる立体的アクセントを造形に加えても、お淑やかなフォルムという印象は同じだ。

シンプルなドレスの数々はいずれもミニマルと表現できそうだが、刺繍やパールビーズを使用したデコラティブなテクニックが時折使われるため、ミニマリズムと同系統にカテゴライズすることはできない。今回のクリスチャン ディオールは、オートクチュール黄金期の1950年代に発表されたドレスを思い起こさせる古典的なエレガンスが、非常に美しい。

近年、クワイエット ラグジュアリー(Quiet Luxury)と呼ばれる、最高級の素材と技術によるシンプルウェアが注目を浴びていることは以前にも述べたが、キウリはオートクチュール伝統の壮大な華やかさの反対を行く、メゾンの世界を密やかに淑やかに表現することを選択し、現代ファッションのトレンドをオートクチュールの舞台で表した。

前回のNo.274「ジバンシィに見る現代のシンプルウェア」で触れた通り、ここ数シーズン、2010年代前半にトレンドとなったノームコアを連想させるデザインが度々登場している。7月某日、「ダブレット(Doublet)」の2024SSコレクションの展示会を訪れた際、デザイナーの井野将之氏と長い時間、話す機会があったのだが、パリで発表したコレクションのスタイリングはノームコアのようなシンプルさを意識したとのことだった。服自体も、これまでのダブレットよりもシンプルで、けれどもシンプルに収まりきれないダブレットらしい歪さが滲み出していた。

メンズ、ウィメンズ、プレタポルテ、オートクチュール、ストリート、クラシック……カテゴリーを問わず、ノームコアを想起させるデザインがモードシーンに現れ始めている。だが、究極に簡素だったノームコアとは違うデザイン性だ。ミニマリズムとは対極のアヴァンギャルドなデザイナーが、ミニマリズムをテーマにコレクションを制作したら、きっとシンプルに見えても、服の端々にアヴァンギャルドなデザインが顔を覗かせるはず。

ノームコアとは異なり、技術も素材もモード感にあふれるが、服の外観はベーシックの枠に収まる。だけど、それでも収まりきれず、こぼれ出すモード感。それが今確認できるシンプルウエアであり、ニューノームコアと言える現象である。

クリスチャン ディオールは、シンプルに見える服の裏側で、新たなチャレンジを行なっていた。私はそう感じられてきた。トレンドと断言するには、まだまだ波が小さいニューノームコア。私は、この小さな波の行方が気になってしまう。

〈了〉

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