AFFECTUS No.451
これまで自分が好きだったものと、真逆のものに惹かれることはないだろうか。最近、そのことをファッションで実感する機会が増えている。私はシンプルな服が好きだ。ミニマルなデザインのコートやシャツに、自然とワクワクしてしまう。一方で今は、美しい調和とは対極の服を見るとなんだか心がざわつきを覚え、惹き込まれていく。
この感覚を初めて自覚したのは、ラフ・シモンズ(Raf Simons)が発表した「カルバン クライン(Calvin Klein)」2018AWコレクションである。消防士や宇宙、カートゥーンなどアメリカを代表するカルチャーが、調和が無視されて一体化したカオスなファッションは、それまで私が好んできたミニマリズムとは異なる世界線の服だった。シモンズが翌シーズンに発表したカルバン クライン2019SSコレクションは、さらなる困惑を起こした。アメリカンカルチャーを代表する映画『卒業』と『ジョーズ』からインスパイアされたスタイルは、ウェットスーツと、大学卒業時に着用する黒いマントやスクウェアな黒い帽子を1ルックにまとめあげ、「いったい、これはいつ、どこで着るべきものなのか?」と混乱を招くものだった。
しかし、私はそのカオスが心地よくなっていたのだ。以降、シモンズが提唱した混乱と困惑にいざなうファッションに強い興味を抱き、この文脈の発展が見られるか否か、現在も注目している。
これから市場でアイテムが本格的に発売される2023AWシーズン、私はシモンズの系譜を感じるコレクションを発見した。それは「シュプリーム(Supreme)」が発表した2023AWコレクションである。
もちろんシュプリームなので、ストリート感にあふれている。登場するワークブルゾンも父親が着ていた古着感に満ち、洗練されたモードブランドのワークブルゾンとは一線を画す。フーディ、アワードジャケット、ベースボールシャツ、ジーンズ、ジャケット&パンツのセットアップ、いずれも怠惰な雰囲気を醸すルーズシルエットだ。
ビジュアルの魅力も特筆している。得意のグラフィックプリントはもちろん、黒いライダースジャケットの表面を、大胆にペイントして塗りつぶしたようなデザインが登場したと思えば、キルティングベストは、ビジュアル要素をプリントによる平面性だけでなく、ピンバッジを大量に用いた立体的アプローチでも可能なことを証明した。特に目を惹いたのは現在注目のトレンド、ブロークコア(Blokecore)を取り入れた長袖のポロシャツである。
ブロークコアとは、イングランドのプロサッカーリーグ「プレミアリーグ」のサポーターを連想させる、サッカークラブのユニフォームを取り入れたファッションのことを指す。トップスに応援するクラブのユニフォームを着用し、ボトムはジーンズなどカジュアルパンツを穿くという、サッカースタジアムではお馴染みのスタイルが、最新ファッションとして世界的に人気が上昇している。ただし、シュプリームは1種類のユニフォームではなく、複数のユニフォームをはぎ合わせてポロシャツの形に仕上げており、不調和を肯定するデザインはこのストリートブランドの世界観と見事にマッチしている。
シュプリームのアイテムは、視覚的には雑多な印象だが、服のフォルム自体は非常にシンプル。そのギャップが、カオスなムードをいっそう高めていく。
改めてシュプリームの2023AWコレクションを見てみると、シモンズのカルバン クラインほどの混沌は見られない。先ほど述べた通り、シモンズのスタイルは「いったい、いつ、どこで着ればいいのか?」と混乱を招く破綻的デザインだったが、シュプリームのスタイルは着るリアリティがしっかりと保たれている。もちろんそれは、ブランド(デザイナー)の方向性を考えれば当然のことだが、「リアルなカオス」と呼べるシュプリームは、シモンズが切り拓いた文脈の発展形に思えたのだ。
今は、造形の力でアヴァンギャルドを演出することが、少々古く感じる時代に思えてしまう。リアリティで異端性を演出する。それが、現代における前衛ファッションの最先端手法に思える。
シモンズのカルバン クラインは、造形的にはいたってシンプルだった。ウェットスーツもジャケットも奇妙な膨らみがあるわけでも、複雑怪奇なパターンで作られているわけでもない。とてもオーソドックスな形に仕上がっている。しかし、『卒業』と『ジョーズ』、消防士とカートゥーンというように、本来なら一つになるはずのない、まったく異なるイメージをつなぎ合わせることで、非常に奇妙なコレクションを製作していた。造形ではなくイメージに軸を置き、困惑のファッションを作る。これが、リアルアヴァンギャルドの手法である。
シュプリームは、リアリティを重視する現代のトレンドに忠実ながらも、破綻的イメージをファッショナブルに演出していた。シモンズのデザインよりもリアリティを押し進めたアプローチが、私には先端的に感じられたのだ。
私は常にシュプリームを観察しているわけではない。そのため2023AWコレクションが、通常のシュプリームスタイルなのかもしれない。だが、モードの観点から眺めた時、文脈的価値のあるファッションが生まれている面白さを感じた。
個人的趣向から言えば、私がミニマリズムを好きなのことは今後も変わらないだろうが、ファッションを観察する者としては、自分の好きを超越した新しい美しさを欲してしまう。今、私が最も関心を抱いているデザインが、シモンズ時代のカルバン クラインの系譜に連なるものであるため、きっと今回のシュプリームに惹かれたのだろう。私は混沌の中に新しさを見出そうとしている。