ニューヨークの奇才マーク・ジェイコブス

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AFFECTUS No.457

私は「ルイ ヴィトン(Louis Vuitton)」を去って以降、マーク・ジェイコブス(Mark Jacobs)が自身のブランドで披露するデザインが好印象だった。カッコいいとか、カワイイとか、美的感覚に訴える服とは異なる価値を示す服で、「トレンドのクワイエットラグジュアリーなどクソくらえ」、「リアリティなど知らん」、と言わんばかりに創造性が爆発したデザインは、1990年代から2000年代前半のパリを呼び起こす迫力だ。

川久保玲がニューヨークで発表しているのかと錯覚するほど、ジェイコブスは造形の大胆さにこだわってきた。しかし、彼は常に布の彫刻とも呼べる服を発表してきたわけではない。今年6月に発表された2023AWコレクションがそうだった。

今回のルックは、造形を形作るテクニックの主役はドレープだったので、シンプルと言ってもミニマルと称するほど簡素だったわけではないが、服の輪郭自体はアヴァンギャルドとは程遠いもの。

バレリーナの衣装を連想させるミニスカートやミニドレス、肌を透かすトランスペアレント素材、黒と白を軸に展開した艶のある色使い、両脚を大胆に見せるスーパーミニレングス、ランジェリーライクにバストを覆う曲線のカッティングは、SM的エロティックなムードを漂わし、アズディン・アライア(Azzedine Alaïa)のボディコンシャスに通じるものがあった。そして、それらウィメンズウェアを代表するデザインが登場する一方で、テーラードジャケットのパンツスタイルも同時に発表された。

太幅の白黒ストライプのジャケット、シャイニーなゴールドジャケットは肩先を盛り上がらせる。隆起したショルダーデザインに、私はマルタン・マルジェラ(Martin Margiela)が1989SSシーズンのデビューコレクションで発表した白いジャケットを思い出す。グレンチェックの生地は、ウェスト位置よりも短い着丈と、肩幅を強調するオーバーサイズシルエットのショートジャケット、大腿部を膨らませたタックパンツに用いられ、その姿は1980年代のスーツと同様のシルエットを描き、同時に金髪姿のモデルには、1980年代のジャン=ポール・ゴルチエ(Jean Paul Gaultier)を着用したマドンナ(Madonna)がオーバーラップする。

そしてラストルックに登場した、ビッグシルエットのホワイトジャケットとルーズなブラックパンツの組み合わせは、ストリートとクラシックを行き交う現代ファッションが迫ってくる。

随所に従来のベーシックウェアでは見られないテクニックと素材が使われ、クワイエットラグジュアリーとは一線を画すデザイン性の強い服だが、ジェイコブスが持つ造形の探求家としての一面はこれまでよりも抑制されている。しかしながら、シンプルな輪郭の服からはモードの文脈が次々と読み取れてくる。もちろん、文脈的と思われたデザインは私の解釈によるもので、ジェイコブスにそのような意図はなかった可能性は高い。だが、ファーストルックのアライア的エロティックなブラックミニドレスから始まり、ショーの最後はストリートなオーバーサイズジャケットで締めくくる構成が、ファッションの変遷を物語っているように思えてしまうのだ。

「今回はシルエットはシンプルにして、イメージで遊ぼう」

そんなジェイコブスの声が聞こえてきそうなコレクションだった。歴史を題材に、ジェイコブスが遊んでいる。そんな印象なのだ。

最近の私は展示会を取材していると、美しく整えられた服よりもバランスの崩れた服に惹かれてしまう。自分がこれまでエレガントだと思ってきた服、価値があるとしてきた服とは違う価値を求めているのかもしれない。ジェイコブスのデザインがルイ ヴィトン時代よりも面白いと感じるのは、私個人の趣向が変化したことが一因に思える。

服を崩すのではなくイメージを崩すことで、コレクションに個性をもたらせることは可能。そのことを証明したのが、2023AWコレクションのマーク・ジェイコブスだった。形を作るだけがファッションではない。ニューヨークの奇才は、モードの一面をランウェイで語る。

〈了〉

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