その実態はピーター・ドゥによるヘルムート ラング ジーンズ

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AFFECTUS No.459

発表から待ち遠しかった日が、ようやく訪れた。ニューヨークの若手スターという枠を超え、その動向が世界から注目される存在にまで成長したピーター・ドゥ(Peter Do)が、「ヘルムート ラング(Helmut Lang)」のクリエイティブ・ディレクターとして、同ブランドでのデビューコレクションを発表した。2024SSコレクションでは、現代では当たり前となったショーのライブ配信も行われたが、映像冒頭でラングファンなら懐かしさを覚えるシーンが流れた。

ニューヨークを走るイエローキャブ(タクシー)には、サインボードに「HELMUT LANG」のブランドロゴが見える。停止したイエローキャブに、モノトーンスタイルの女性が颯爽と乗り込み、車は走行を再開する。イエローキャブは、かつてラング自身が用いた宣伝方法でもあった。

「イエローキャブは、自由の女神と同じくニューヨークのシンボルだが、それは “生きたシンボル” であり、アメリカに移る前から僕の興味を引いていた」『流行通信』より

かつてそう語ったラングは、ブランドロゴをサインボードに記したイエローキャブを、ニューヨークの街中に走らせ、人々の目に触れさせる手法を取った。ラングは、コレクションだけでなくブランドの見せ方でも特異な才能を発揮していたが、このイエローキャブを用いた宣伝はラングの才能を物語る一例だ。

ショー映像の冒頭で、ラングをリスペクトしたピーター・ドゥは、2024SSコレクションのランウェイでもラングに敬意を表す。タスキのように使うリボン、コートやボトムの表面を斜めに走る直線のライン、鮮烈な色味のフーシャピンク、白いシャツ×ブルージーンズ、裾がバルーン状に膨らむミニドレス……。往年のラングファンならお馴染みのディテール、カラー、アイテム、スタイルが数多く登場し、ドゥがラングのコレクションを参照にしているのは明らかだった。ルックを見ていると、おそらくドゥは、2000年前後に発表されたラングのコレクションを基盤にしたのではないか。

ラング本人が手がけていたころのヘルムート ラングには、二つの側面があった。新素材を積極的に使用し、フューチャリスティックなムードのスタイルに表現する実験的側面と、ベーシックウェアをラング流の解釈で進化させる現実的側面だった。その二つの側面は、実験的なファーストラインの「ヘルムート ラング」と、ベーシックが軸となるリアルなセカンドライン「ヘルムート ラング ジーンズ」に分かれ、ビジネス展開されていた。

私が個人的に魅力を感じていたのは、セカンドラインのヘルムート ラング ジーンズだった。通常のブランドなら、ファーストラインが刺激的に映るはずだ。売るためのラインとして作られ、価格も抑えられたセカンドラインがファーストラインよりも魅力的ということは、常識的に考えればない。だが、ラングは違っていた。今では何ら珍しくない「ベーシックを進化させる」という手法を、モードの世界で先駆けて行ったのがヘルムート ラング ジーンズである。そして、そのセカンドラインの服が、私にとってはファーストラインよりもクールだった。

ドゥのヘルムート ラングは実験的なラングではなく、ベーシックを進化させる現実的なラングにフォーカスしていた。ニューヨークの若手スターデザイナーが手がける、現代のヘルムート ラング ジーンズ。それが、新星ヘルムート ラングの実態だ。

かつてのヘルムート ラング ジーンズとの違いが何とかといえば、ドゥのデザインの方が挑戦的だということである。例えば、今回の2024SSコレクションでは白いシャツ×加工ジーンズという、ラングではお馴染みの定番ルックが登場する。ラングは、ジーンズに白いペイントを施すリアルな手法を用いていたが、ドゥは白地にグレーのブランドロゴをプリントした生地、ベージュの生地をグレーカラーのデニムと継ぎ接ぎする形でジーンズを作り、ラングよりも構造が複雑かつ挑戦的だった。

また、他にもホワイト・ブラック・ピンクの3色を切り替えて使ったパンツ、イエロー・ブラック・レッドの3色を切り替えたミニドレスなど、かつてのヘルムート ラング ジーンズよりも構造に大胆さが現れていた。この辺りは、ドゥの得意とするシャープで挑戦的なカッティングが活かされていたように思う。言うなれば、ドゥのヘルムート ラングは、かつてのヘルムート ラングよりはリアルで、かつてのヘルムート ラング ジーンズよりは挑戦的というポジションに位置するものだ。

2024SSコレクションのショー発表を目前に控えた9月8日、「The Business of Fashion」でドゥのインタビュー記事「Can Peter Do Restore Helmut Lang to Its Former Glory?」が公開され、ドゥが興味深いことを語っていた。

現在、ヘルムート ラングというブランドは「ユニクロ(Uniqulo)」を運営する「ファーストリテイリング(Fast Retailing)」の傘下に収まっており、グループ内では「セオリー(Theory)」と同じグローバルブランド部門に属し、求められるビジネス的役割がある。それは先鋭的ブランドになることではなく、消費者が繰り返し購入したくなるアイテムを提供するブランドになることだ。ドゥとファーストリテイリングは、現在のヘルムート ラングでは「ジル サンダー(Jil Sander)」のようなラグジュアリーなポジションではなく、ジーンズやドレスを300ドルから400ドルの範囲で販売することを計画している。

記事内でドゥは、「仕事に行けるけれども、その後も外出できるような服が必要です。」とも述べている。グループ内で求められる役割を果たすなら、「ヘルムート ラング」ではなく「ヘルムート ラング ジーンズ」になることは適切だろう。

私自身はドゥによる現代版ヘルムート ラング ジーンズが見られることが、とても喜ばしい。デビューコレクションに強烈な驚きはないが、私は堅実なデザインで順調なスタートを切ったように思う。次回の2024AWコレクションの発表が待ち遠しい。ドゥの手腕に私は期待したい。

〈了〉

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