ガブリエラ ハーストが音楽のパワーを見せつける

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AFFECTUS No.461

音楽とファッションショーは密接な関係にある。時折、BGMを流さない無音のショーも開催されるが、モデルたちの足音、生地が擦れ合う音が聞こえ、最新コレクションにアクセントを加える旋律となり、ショーで奏でられるリズムは、発表されたルックのイメージさえも変える。「ガブリエラ ハースト(Gabriela Hearst)」が発表した2024SSコレクションも、音楽のパワーを教えてくれるショーだった。

ハーストといえば、私の中ではシャープなテーラリングを軸にしたマニッシュスタイルというイメージ。2020年から2023年までクリエイティブ・ディレクターを務めた「クロエ(Chloe)」でも、彼女の武器は発揮されていた。マニッシュなクロエという、同ブランドでは初めてと言ってもいいスタイルを継続発表し、「大人のカワイイ」の代名詞であるクロエに、新しい風を持ち込んだ。今回発表されたシグネチャーブランドの2024SSコレクションを初めて画像でチェックした際にも、ハーストの象徴が健在であることは一目でわかった。しかし、ルックを見ていくうちに、これまでとは少々趣が異なることに気づく。

ショー冒頭では、黒と白を中心にしたマニッシュウェアという、ハースト得意のデザインが登場する。だが、コレクションが中盤に差し掛かるころ、様相が変わっていく。従来のロングドレスとジャケットスタイルに混じり、ハーストが新たな一面を披露し始めたのだ。まず注目したいのが、アシンメトリーのブラックドレスだ。

右袖は長袖のベルスリーブ、左袖は半袖のパフスリーブと袖の形状を左右非対称にし、胸元やや右寄りから左下の裾に向かって斜めに切り替えが入っていき、左身頃のみにドレープが寄せられたフォルムを作り上げ、身頃でも左右非対称を形作る。ここまでアシンメトリーで造形的にチャレンジしたドレスというのは、ハーストのデザインでは珍しい。均整の取れた形による上品なエレガンスが、私の知るハーストの服だったから。

色使いでもチャレンジを見せていた。グリーン、ブラウン、ベージュ、ピンク、オリーブなどマルチカラーのニットワンピースはエスニックが香り、都会のための服という私がハーストに抱いていたイメージから外れるデザインが再び登場する。

得意のスーツスタイルにも変化は現れていた。やや着丈が長く、ウェストのシェイプが効いた黒いテーラードジャケットのボトムは、ほんのりとワイドなシルエットを描く黒いクラシックパンツ。しかし、ボトムの素材に使われていたのは、左右の脚の肌を透かすトランスペアレントな薄手生地だった。力強さを訴えるはずのテーラリングが、優しさを訴える。他にも真っ白なレース、ネット素材で制作したロングドレスも発表し、これまでのハーストにあったシックなカッコよさがやわらぎ、他のアイテムのフォルムも流麗に感じられてきた。

だが、服の印象にソフトな感覚を覚えても、ショー会場が白い壁とコンクリートの床に囲まれたコンテンポラリー空間だったために、私は依然としてハーストらしいシャープな強さをコレクション全体に抱く。その印象を一変させたのは、2024SSコレクションをショー映像で確認した時だ。そこに音楽の力を感じたのだった。

ラテンな声質の男性ヴォーカルが画面の向こう側から聴こえ始め、それが穏やかメロディに乗っていたために、ハーストのマニッシュスタイルが今コレクションに使用された素材の柔らかさと重なり、非常に軽やかなファッションへと私の中でイメージが変貌した。ブラックスーツを着用するモデルの姿が、白いコットンシャツを着ているように爽やかで軽快なのだ。

ショーに使用された楽曲はアルゼンチンが誇るロックスター、フィト・パエス(Fito Páez)」の『El Amor Después Del Amor』。この曲が収録されたアルバムは、アルゼンチンのロック史上最大のセールスをあげていた。一面、緑の平原が続く自然の中で聴くように、パエスの声と楽器の音色が雄大に響く。『El Amor Después Del Amor』を耳にしながら眺めるクールなはずのハーストスタイルが、澄んだ空気のノスタルジックなムードさえ漂わす。私の目が捉えているのは、トレンチコートやテーラードジャケットだというのに、脳内に映し出されるのは牧場の中で動物たちと戯れる女性の姿だった。

フィナーレに登場したハーストは、彼女ならではの全身ブラックのスカートルックで、満面の笑みを浮かべてスキップしている。2024SSコレクションのムードを最も表現していたのは、デザイナーであるハースト自身だった。私は彼女の嬉しそうな表情を見て、モノトーンカラーが主役のコレクションではこれまで感じたことのない朗らかさを感じる。それはとても心地よいものだった。

音楽は服のイメージを変え、変わった服のイメージは人間のイメージも変えていく。ファッションショーで聴く音楽は、目に見えなくともドレスやコートを彩る装飾となる。

〈了〉

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