サバト・デ・サルノがミケーレワールドを転換

スポンサーリンク

AFFECTUS No.463

「グッチ(Gucci)」から、アレッサンドロ・ミケーレ(Alessandro Michele)の退任が発表されたのは2022年11月23日。革命を起こしたと言えるミケーレのデザインは、グッチをモードの最前線へと押し上げる。熱狂的な人気は永遠に続くと思われる隆盛を見せるが、永遠に続くファッションはないという歴史がまたも証明されることになった。

ミケーレの退任理由が正式に発表されたわけではない(そもそも発表しないだろう)。ミケーレの手腕でビジネスが飛躍したグッチだったが、2021年から成長の鈍化が始まり、そのためグッチの親会社「ケリング(Kering)」からミケーレにデザインの変更を要求されたことで溝が生まれたなど、様々な情報が業界内を駆け巡る。

後任ディレクターが発表されないまま、デザインチーム体制によるコレクション発表が続いていたが、2023年1月28日に新たなクリエイティブ・ディレクターとして、サバト・デ・サルノ(Sabato De Sarno)の就任が発表された。ミケーレの退任以降、メディアから様々な名前が新ディレクター候補としてあがっていたが、デ・サルノの就任は予想外だった。

デ・サルノのキャリアは2005年から「プラダ(Prada)」で始まり、その後「ドルチェ&ガッバーナ(Dolce&Gabbana)」を経て、2009年には「ヴァレンティノ(Valentino)」に入社し、ブランド内で順調にステップアップしていくと、クリエイティブ・ディレクターであるピエーロパオロ・ピッチョーリ(Pierpaolo Piccioli)の右腕として活躍するまでになった。

素晴らしいキャリアだが、デ・サルノは世界的知名度があったわけではない。グッチを再興したトム・フォード(Tom Ford)、デザインチームのメンバーだったミケーレがそうだったように、売上高1兆円規模のイタリアンブランドは、著名なクリエーターをディレクターに招聘することが多い「ルイ ヴィトン(Louis Vuitton)」とは違い、新しいスターを世の中へ送り出すことに熱心だ。

「デ・サルノはいったいどんなコレクションを発表するのか?」

新ディレクター発表と同時に、人々が関心を抱いたのはデビューコレクションだろう。もちろん、私もその一人だ。ビジネスが不調になったミケーレのデザインから変化することは確実だが、どの方向性に向かうのか、デ・サルノのデザインの特徴が不明だったために予測は困難だった。そんな時は、ただただ発表の日を楽しみに待つしかない。

そして2023年9月22日、デ・サルノが手がけた初のグッチ、2024SSコレクションが発表される。デビューコレクションで明らかになったのは、ミケーレワールドからの完全なる脱却。

私の中でミケーレのグッチといえば、「キッチュなヒッピースタイル」という言葉が浮かぶ。フレアシルエットのボトム、大ぶりなサングラス、頭部のヘアバンドなど、私はミケーレが発表するファッションに1970年代テイストを感じることが多かった。そしてミケーレはレトロなシャツやドレスに、キッチュな感覚の色彩や装飾を注入し、歴史上の1970年代スタイルとは別種のスタイルを作り上げてきた。

デ・サルノはそんなミケーレ時代と決別するだけではなかった。彼のデビューコレクションは、過去にグッチのディレクターを務めてきたデザイナーたちとは一線を画す。

ブラック、ホワイト、グレー、ブラウンなどベーシックカラーを軸に、明るい色はレッドやライムグリーン、デニムのブルーが時折挟み込まれる程度で、トーンは控えめで、色数も絞られている。ミケーレのコレクションとは違い、カラフルなプリント柄はほぼ使用されていない。ショーの終盤で煌びやかなモチーフを緻密に並べた、クチュールライクなミニドレスも登場するが、服のデザインはミニマルに属する非常にシンプルなものばかり。

マイクロミニのパンツやミニドレス、深いカットのVネックで肌を挑発的に見せることでセクシーを表現するグッチの伝統は、フォード時代に近いデザインだが、フォードのように見る者を誘惑する濃厚なセクシーとは別のもの。デ・サルノが披露したデビューコレクションは洗練や上質というワードがふさわしく、ミニマリズムの女王ジル・サンダー(Jil Sander)がグッチを指揮したようでもある。

私が最も魅力を感じたアイテムはジーンズだった。センタープレスを施した端正なストレートシルエット、淡く色落ちしたブルーも穏やかで上品。まさにデ・サルノの新生グッチを象徴するアイテムだ。

ミケーレワールドからの完全な転換で、離れてしまう顧客はきっといるだろう。だが、いい意味で癖のないデ・サルノのグッチは、キッチュなヒッピースタイルよりも好む消費者が多いのではないか。サバト・デ・サルノは、“Simple is best”をグッチのフォーマットに乗って表現し、ブランド史上最もクリーンなグッチスタイルを完成させた。1921年にフィレンツェで創業されたブランドは、2023年9月、ミラノで新たな歴史の始まりを宣言する。

〈了〉

スポンサーリンク