AFFECTUS No.469
1945年にフランスで設立されたオートクチュールメゾン「カルヴェン(Carven)」。創業者のマリー・ルイーズ・カルヴェン(Marie Louise Carven)は身長155cmと小柄で、そのことがコンプレックスだった。自分に似合う服がない、自分と同じような女性のための服が作りたい。彼女の思いから生まれたファッションは、パリジェンヌの心を捉えて一時代を築いた。1993年にマダム・カルヴェンが引退すると、ブランドの存在感は薄れていくが、2010年にクリエイティブ ディレクターに就任したギョーム・アンリ(Guillaume Henry)によって、カルヴェンは一躍注目ブランドに返り咲く。
女性たちの心に寄り添うリアルな背景から誕生したブランドの精神は、アンリにも引き継がれていた。フェミニンなワードローブは可憐な装いで、ファッション愛をくすぐるものだった。しかし、アンリが2014年にディレクターを退任すると、カルヴェンは次第に勢いを失っていき、2018年には経営破綻となる。
その後、カルヴェンは中国・上海のアパレル企業「アイシクル・ファッション・グループ(ICICLE FASHION GROUP)」に買収され、同社によるブランド再生が緩やかにスタートした。2021年9月、パリのシャンゼリゼ通り6番地に旗艦店をオープンすると、2023年2月には、長らく不在となっていたクリエイティブ ディレクターに「ラコステ(Lacoste)」の元クリエイティブ ディレクター、ルイーズ・トロッター(Louise Trotter)の起用が発表された。こうして、カルヴェンは本格的にモードシーン復活への1歩を踏み出す。
2023年9月に2024SSパリ ファッションウィークの公式スケジュール内で、トロッターのデビューコレクションが発表され、ランウェイに登場したルックは彼女の持ち味が活かされた出色の出来栄えだった。
私はラコステ時代から、トロッターのデザインに好意的だったので、新生カルヴェンを楽しみにしていた。トロッターが手がけていたラコステは、ブランドの中核であるスポーティで軽快な爽快感を失うことなく、スポーツとトラッドを知的でシンプルなスタイルにまとめあげ、見事なクオリティだった。トロッターのセンスは、カルヴェンでも発揮される。
テーラードジャケット、ダブルブレステッドコート、ステンカラーのショートコート、シャツ、クルーネックの半袖トップス、ロングスカートなど、ファッションの基本アイテムで構成されたコレクションは、ブランドの歴史を尊重し、自身のアイデアをリアリティを失わず最大限に表現するトロッターお馴染みのテクニックで構成されていた。
デビューコレクションで最も大きな特徴といえば、ワイドなボリューム。テーラードジャケットやダブルブレステッドコートは、力強く幅広いショルダーラインが形作られ、ドロップショルダーが逞しく映る。シャツやトップスもワイドなボリュームで作られているが、生地が柔らかいために滑らかで流れるフォルムを見せていた。ボトムのロングスカートも透け感のあるシアー素材を多用していたため、コンサバシルエットのスカートがモダンな印象に仕上がっていた。
色使いでは、グレー、ブラック、ベージュなどベーシックカラーがメインに使われ、上質な品格を添える。ただし、光沢のあるシャイニーな生地がアクセントに使用されていたので、保守的なスタイルには見えず、都会派とも言えるファッションに作られていた。
また、今回のコレクションではトロッターの新たな一面も見られた。ランジェリーライクなバストのカッティング、ドレープ性のあるシルエット、華奢で繊細なストラップなど、ドレッシーに仕立てられた王道エレガンスのドレスは、ラコステ時代のトロッターには見られなかったデザインである。
逞しいワイドボリュームと、高級感をしっとりと滲ませる素材とシルエットを織り交ぜ、品格ある色使いで作り上げたコレクションは、メンズウェアとウィメンズウェアが混合する力強くも麗しい服と言える内容で、アンリ時代の大人びた可憐な少女だったカルヴェンガールが、シックなムードを香らせる大人の女性へ成長したかのようだった。
トロッターのデザインに過剰さは見られない。常にコレクションは、バランスに配慮して制作されている。彼女の特徴は、マダム・カルヴェンがリアルな視点から創業したメゾンにふさわしいものだ。デビューコレクションは、クラシックな服をフェミニンに着こなす女性像が浮かび、渋さと美しさを両立した好印象のコレクションだった。日常的に着られて、けれど日常からは抜けた存在感の服を求めるなら、ルイーズ・トロッターの新生カルヴェンは有力候補にしてもいい。ルイーズ・トロッターとカルヴェン、両者の新しい歩みに今後も注目していこう。
〈了〉