ついにフィービー ファイロの全貌が明らかに

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AFFECTUS No.472

今か今かと待ちわびて幾星霜と言うのは大袈裟だが、ついに「フィービー ファイロ(Phoebe Philo)」の「A1」と呼ばれるデビューコレクションが発表された。「The Businees of Fashion」の記事 “Phoebe Philo: The Big Reveal” によると、有料コンテンツのために詳細は控えるが、A1の生産数は予想された需要よりもかなり抑えられ、第2弾「A2」の発売時期もすでに予定されているとのこと。

世界中のファイロファンが待ちわびたデビューを迎えた本日は、ブランドサイトで発表された最新アイテムすべてから、私が個人的に注目したアイテム3つと、コレクション全体についての感想を述べていきたいと思う。まずはアイテムへ言及する前に簡単ではあるが、フィービー ファイロ始動までの経緯を振り返りたい。

今から5年前、2018年にファイロが「セリーヌ(Celine)」を退任する。その後、2021年7月に「LVMH(モエ ヘネシー ルイ ヴィトン)」からの少額出資によって、シグネチャーブランドを設立することが発表された。デビューコレクションは、2022年1月ローンチの予定だったが、該当の時期になっても音沙汰なしで、新しい情報が何も発信されない状態が続く。しかし、今年になると2023年2月にInstagramアカウントが開設され、デビューコレクションの発売が9月になることが明らかに。だが、またも発売は遅れ、当初の予定より約1カ月ほど遅れた10月30日、ようやくデビューコレクション「A1」が発表された。以上が、これまでの流れになる。

では今回のA1で私が注目したアイテムを、アイテム名と共に紹介していこう。ちなみに、ウェブサイト「AFFECTUS」に公開した今回のテキストでは、アイテム名をクリックすると、該当の商品ページへ飛ぶようになっている。

1. XL CABAS in black leather
トートバッグ好きの私としては、このアイテムを取りあげないわけにはいかない。幅57.5cm、高さ41cmとビッグサイズのトートバッグである。形は非常にシンプルで端正な長方形。表面にはポケットなどのディテールは皆無でミニマルな作りだ。私の個人的ポイントとして高いのは、マチがしっかりとあること。マチ幅も27.5cmとかなり幅広い。マチがあることで荷物を入れた時、バッグの形が安定して保たれるので、私の中でトートバッグにマチがあるかないかはチェックポイントになる。

バッグの裏側には内ポケットもしっかりと取り付けられ、これもポイントが高い。財布やスマートフォン、名刺入れなど、出し入れが多かったり、すぐに取り出すことが求められるアイテムを収納する場所として、内ポケットは非常に優秀なディテールだ。

バッグの内側を見ると、バッグの開口部が必要以上に開かないようストラップが付けられていた。バッグ裏側の上部にストラップが取り付けられ、もう一方の裏側に金具で留める仕組みだ。このディテールもバッグの形を安定して保つ役割があり、心憎い。

装飾を極限に抑えたミニマルデザインに、機能として必須のディテールと構造を備え、シンプルながらも秀逸なトートバッグといえよう。注目のプライスだが、6200ユーロ(約98万円)ときた。ほー素晴らしい価格ですね。ほーほーほー。どこかでフクロウが鳴いているようだ。

2. ASYMMETRIC TAILORED TOP in cigar wool
次にピックアップするアイテムは、アシンメトリーカットが特徴のロングトップス。現時点でSOLD OUTとなっているために価格は不明だが、他のアイテム価格から察するに、このトップスもハイプライスだろう。

外観デザインは、ウールジャケットがクルーネックのトップスとして仕上げられた印象で、もはやロングドレスに近い。特徴的なのは、大胆な裾のアシンメトリーカット。左腰から、右足首に向かって斜めに裾がダイナミックにカットされ、右身頃(右側面)の裾は床に届くほどの長さで、左右の身頃で極端に丈の長さが異なる。

ラペルがないため、パターンが通常のジャケットと異なるのは当たり前だが、ブランドサイトで側面と背後を写したルックを確認すると、セットインスリーブのパターンが通常の2枚袖とは異なるパターンで作られていた。スタンダードなセットインスリーブなら、内袖の切り替え線はアームホールにつながるのだが、ASYMMETRIC TAILORED TOPでは袖山に向かって内袖の切り替え線が伸びている。このような2枚袖のパターンは初めて見た。

このパターンがどのような効果を発揮するのか。実際には実物を見ないと判明しないが、ルック写真を見た範囲での印象を述べると、通常の2枚袖を着用した際の形状よりも、まっすぐ綺麗に落ちたフォルムに感じられた。人間は腕を自然に下ろすと、肘から下が気持ち前に振られている。その腕の形状に合わせて、袖の形を前振りの形にする役割が2枚袖にはあるのだが(他に1枚袖より立体感を作る役割もある)、ASYMMETRIC TAILORED TOPの2枚袖は綺麗にまっすぐ腕が落ちたフォルムをしており、通常の人間の腕では見られない形だ。リアルに見せながらも、シュールな印象をデザインしている。

また、内袖の切り替え線が袖山につながっているため、袖山が通常より気持ち外側へせり出したように見え、ショルダーラインを硬質に表現していた。ジャケットを基盤にしたマニッシュテイストのトップスを、よりマニッシュに見せるパターンと言えよう。カッティングで服を個性化するファイロの武器が、見事に発揮されたアイテムである。

3. ZIP TROUSERS in khaki wool
最後に紹介するアイテムも、ファイロのカッティングセンスが発揮されたパンツだ。こちらもすでにSOLD OUTになっており、ファイロ人気が健在であることを証明する。

一見するとこのパンツは、パンタロンと呼びたくなるフレア形状のクラシックなパンツ。素材にウールを使用しているため、クラシックの印象がいっそう強くなる。だが、バックスタイルを見ると、このパンツ最大の特徴が判明する。

パンツの筒の中央に、裾からウェストラインに向かってファスナーが取り付けられ、開閉可能の構造になっている。ファスナーを上げることで、パンツの筒は開き、スカートのような形状を披露する。ファスナーはウェスト近くまで開くことが可能なので、バックスタイルはヒップの形や下着が露わになる大胆なデザインだ。

正面から見ればシックなパンツが、背後から見るとドレッシー&セクシーなボトムへ。ファスナーの開き具合によって、正面から見た時のシルエットがワイドパンツからフレアパンツ、パンタロンへと変化していく。シンプルに見せて、シンプルではない。トレンドのクワイエット ラグジュアリーにカウンターを打ち込むボトムである。

以上が、フィービー ファイロのデビューコレクション「A1」で私が個人的に注目したアイテムになる。トートバッグでは、私の消費者視点が少々強めに入ってしまった。

それでは最後に、デビューコレクション全体についての感想を述べたい。

正直に言えば、いささか新鮮味に欠ける印象だった。イメージ写真を見て真っ先に感じたのは、セリーヌ時代(特に終盤時期)の延長線にあるデザインということだった。クラシカルなスタイルを、カッティングを武器にモードなウィメンズウェアに仕立て、リアリティを保ちながら挑戦的な服で、デザインそのものは申し分ないと言える。まさにファイロの特徴が堪能できるコレクションだ。

しかし、私は物足りなさを感じていた。ファイロは、「クロエ(Chloé)」時代(2002SS – 2006AW)、セリーヌでも前期(2010SS – 2013SS)・中期(2013AW – 2016SS)・後期(2016AW – 2018SS)と、時期に応じてデザインを大きく変えてきた。クロエからセリーヌへの移行に比べ、セリーヌ期の変化は緩やかで、期間を明確に区別するのは実際は難しいのだが、デビューコレクションの2010SSコレクションとラストコレクションの2018SSコレクションを見比べると、変化が如実に感じられる。たとえば、ファイロの後任としてセリーヌのディレクターに就任したエディ・スリマン(Hedi Slimane)のデザインと比較すれば、明確である。どのブランドであってもデザインが終始一貫しているスリマンに対して、ファイロはブランドだけでなく、時期に応じてデザインを変化させていく。

デザインを大きく変えれば、顧客が離れるケースが普通だが、ファイロは違う。ファイロのファンは、デザインが変化しても変わらず熱狂していた。これは非常に稀な現象であり、フィービー・ファイロというデザイナーの底知れなさを表している。

今回、デビューコレクションの発表が延期を重ねたことで、私はファイロがセリーヌ時代からデザインを変貌させ、コレクションの完成度を高めるためにこだわり抜いているのではないかと予測していた。だが、実際に発表されデビューコレクションはセリーヌ時代の延長線上にあるデザインだった。そのような気持ち、というよりも期待が私の中にあったため、今回は新鮮さをそれほど感じない要因になっていた。ただ、重ねて言うが、デビューコレクションはファイロの武器が発揮されたデザインだ。

それにファイロ初のシグネチャーブランドは、卸を行わずオンラインで直接消費者に販売していくビジネス形態を取っている。そのため、最初は確実に売れるであろうセリーヌ時代を踏襲するという、マーケティング視点があった可能性もある。しかし、これまでのファイロの変遷を思えば、今後、彼女のデザインが変貌する可能性は大いにあるだろう。

いずれにしても、待ちに待った瞬間がようやく訪れた。やきもきする気持ちとは、今日でさようならだ。フィービー ファイロ 第2弾コレクション「A2」の発表を待とう。今度は、発売延期にならないことを祈りながら。

〈了〉

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