AFFECTUS No.473
長い歳月を経て劣化した土や壁だけが持つ味わい深さを、女性のための衣服に転換した服。「ユマ ワン(Uma Wang)」のコレクションを見るたびに、そんなイメージが襲ってくる。特に素材の表情は、自然をテーマに制作されたオブジェのようで、土着的な香りも漂う。かわいさや甘さといった、ウィメンズウェアならではのテイストとは、遠く離れたコレクションだと言えよう。
ドレスも毎シーズン発表しているが、華やかさとは無縁。ロングシルエットを軸にした形は、カラフルなフラワープリントで作ればフェミニンな印象になるが、ユマ ワンが使用する素材は渋く暗く澱んだもの。そう表現すると、ネガティブなイメージを抱かれそうだが、暗さと澱みこそがこのブランドの魅力だと言っていい。
もう一つ、素材から感じたイメージがある。それは、釉薬(うわぐすり・ゆうやく=素焼き段階の陶器の表面に塗布する薬品)を塗った陶器だ。洗練という形容とは別世界の不調和なエレガンスが、ユマ ワンの布地には宿っている。
ジャケットとコートはユマ マンの代表アイテムで、ワイドなボリュームと直線的なカッティングを駆使したデザインは、女性の中に潜むマスキュリンを引き出す。逞しいフォルムの服を着用した女性モデルの姿には、厳かな気品が漂う。パンツも目を惹くアイテムだ。アウターと同様にボリューミーな形が多いが、決してルーズな印象は受けない。クラシカルなトラウザーズを、オーバーサイズで穿いていると言えばいいだろうか、左右の脚を束縛しないシルエットが端正で美しい。
通常ならシワや掠れなど否定的に捉えられる服の表情が、ユマ ワンでは肯定される。美しく整えられたジャケットやパンツだけが、正解ではない。ファッションには様々な美意識が表現され、私たちはそれを取捨選択して楽しむ喜びがある。
ヨーロッパがシンメトリーに美を見出すとするなら、アジアはアシンメトリーに美を見出すことが多い。もちろん、アジアといっても中国、韓国、日本、インドなど国によって違い、デザイナーそれぞれでも違うのだが、大枠で言えばアジアのファッションには、合理性では表現できない、均整の取れたものとは別の美しさが潜む。ユマ ワンはアジアの美意識を、西洋ファッションのレールに乗せて表現していると言えるだろう。
ユマ ワンの服はシンプルだが、上質でクリーンというタイプではない。それは、これまで述べてきた素材の特徴から感じてもらえるはず。ブラック、グレー、ブラウンなどのベーシックカラーを使い、生地をシンプルに仕立てる服を愛する人たちが、世界には数多く存在する。だが、シンプルな服を愛するすべての人たちが、クリーンな世界観を好んでいるわけではない。
中には洞窟の中で火を灯すような暗さ(明るさ)に心惹かれる人もいるだろう。ユマ ワンは、暗さに魅入られた人々のために作られた服に思える。ただし、絶望とは違う暗さだ。温かさと柔らかさがほのかに感じられる暗さを、シンプルウェアの文脈に刻んだのが、ユマ ワンというブランドである。
ユマ ワンを着て、どこに出かけ、誰と会おう。いや、そんなことは考えるべきではない。自分の心を穏やかに静かに保ち、平静であり続けたい。そう思った時こそ必要なブランドなのだ。自分を見つめ、自分と対話しよう。ユマ ワンは、あなたを身体の内側から装ってくれる。
〈了〉