ロエベは時代と手を取り、時代に反発する

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AFFECTUS No.476

「ロエベ(Loewe)」でジョナサン・アンダーソン(Jonathan Anderson)が、不可思議なミニマルスタイルを発表していることはこれまでも語ってきた。2023年2月5日配信「ロエベは単純なアイデアで新たなミニマリズムを創る」で、アンダーソンが披露したミニマルウェアの手法について言及し、9月開催の2024SSパリ ファッションウィークで発表されたロエベの最新コレクションでも、アンダーソンは今も研究テーマがミニマリズムであるようなデザインを見せている。

ミニマルウェアを作るアンダーソンの手法は、2024Sコレクションでも不変。ランウェイに現れたアイテムは、現代人ならどれも見慣れたアイテムだ。カーディガン、Vネックニット、テーラードジャケット、ジーンズ、いずれもベーシックアイテムとして私たちのクローゼットに欠かせない服が、奇妙な感覚が混じり合うクリーンスタイルに変貌している。

たとえば、複数色展開で発表されたローゲージのカーディガンは、着丈が足首に達するほど長く、両身頃に袖が存在しない異端のフォルム。加えて、フロント中心に取り付けられたボタンが極めて大きく、拡大コピーされた服を見る思いだ。一見するとシュールな印象を覚えるカーディガンだが、アイデア自体は「着丈を長くする」「袖をなくす」「ボタンを大きくする」とシンプルなことがわかる。

今コレクションで印象的なボトムはハイウェストのワイドパンツだが、このアイテムもカーディガンと同様の手法が展開されていた。アンダーソンが発表したデザインはウェストラインの設定が高すぎる。フォルムやディテール自体はベーシックなのだが、バストのすぐ下にパンツのウェストラインを作ることで、他には見られないプロボーションのワイドパンツに仕上がっていた。このスーパーハイウェストパンツにテーラードジャケットを合わせたスタイルがいくつも登場するが、オーソドックスな見慣れたスタイリングにもかかわらず、極度に高いウェストラインの設定によって普遍のスタイルが異質に感じられてしまう。だが、ハイウェストというアイデア自体は決して珍しいものではなく、ファッションデザインでは一般的なものと言えよう。

このように、アンダーソンのアイデアに複雑さは見られない。アイデアそのものは、いたってシンプル。しかし、アンダーソンは長すぎる着丈、袖が失われた身頃、大きすぎるボタン、高すぎるウェストラインと、アイデアを極端に解釈して表現し、アイデアのポテンシャルを引き出す。

アンダーソンのミニマルウェアは、オリジナリティとトレンドのバランスが秀逸だ。現在は、上質なシンプルを標榜するクワイエット ラグジュアリーがトレンドであることは周知の事実。ファッションの歴史は揺り戻しの歴史でもあるので、クワイエット ラグジュアリーに対するアンチテーゼのスタイルが、いずれ生まれるだろう。

ただ、1990年代や2000年代前半なら、時代の主流ファッションに対して180度異なるスタイルを発表して、新しい流れを作り出す方法は有効だった。しかし、今はカジュアル全盛の時代であり、20年前、30年前よりもシンプルさ、リアルであることがファッションでは大切になっており、その価値観が広く深く浸透している。現代は、先鋭的なデザインが世の中に響くことが難しい時代だ。

もちろん、そんな時代に異を唱えて、色と造形をパワフルに表現したコレクションを発表することはあってもいい。ただ、そのアプローチで、市場で確かな人気と売上が得られるかは懐疑的になる。

今、クワイエット ラグジュアリーと共に注目されているトレンドがブロークコアになる。このスタイルは、サッカークラブのシャツをトップスに着て、ボトムはジーンズなどのカジュアルボトムを合わせるという、スタジアムでは当たり前の服装が街中のスタイルとしてファッショントレンド化したものだ。

ブロークコアが受け入れられた要因は、スタイルにリアリティがあったからだと思える。ブロークコアは街中でデイリーなファッションとして着るには異端だったが、サッカーシャツ自体はシンプルな形で、リアルなデザインだ。ブロークコアはリアルベースのスタイルだったからこそ、カジュアルの価値が浸透した現代に受け入れられ、ファッショントレンドになったのではないか。

そのことを前提に、アンダーソンのミニマルウェアを改めて見るとうまさを覚える。クワイエット ラグジュアリーに通じるベーシックアイテムを基盤にして、トレンドのアイテムにはない独創性を「シンプルなアイデア」で具体化し、現代ファッションの潮流に乗ると同時に差別化を実現させている。しかも今回は、シャツ・Vネックニット・ミニスカートを組み合わせたコンサバスタイルも発表して、よりリアリティを強めていた。

一方でアンダーソンは、これまでよりも造形のデザイン性も強化したアイテムも複数発表していた。ドレープを寄せた布が交差するベアトップドレス、左身頃の裾が捲り上がってフォルム化しているテーラードコート、フリンジで全身が覆われたホワイトドレスは、従来のミニマリズムと一線を画する挑戦的仕上がり。ただし、どのアイテムもグレーやブラウンといったベーシック色であったために、ミニマルテイストからは逸脱していない。

アンダーソンはどこまでも理知的だ。彼は本能でデザインしているのかもしれないが、完成したコレクションから感じるのはロジカルな匂いだ。ロエベのコレクションを見ていると、現代における新しいファッションの作り方、見せ方を眼前に突きつけられた気持ちになっていく。モダンデザイナーという称号は、ジョナサン・アンダーソンにこそふさわしい。

〈了〉

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