AFFECTUS No.477
1930年代にチェコスロバキアで誕生した「ネヘラ(Nehera)」は、一時期はヨーロッパやアメリカなどで人気になった時代もあったが、長期にわたって休止している状態だった。だが、一人の人間の手によって、眠りについてたブランドが再び世界的人気を掴むまでに復活を果たす。その立役者となったのがサムエル・ドゥリラ(Samuel Drira)だ。
『Encens magazine』の創立者であり、スタイリストとしても名を馳せていたドゥリラが、2014年にクリエイティブ・ディレクターに就任すると、ネヘラは一躍注目ブランドへ躍り出る。ボリューミーなシルエット、ベージュなどのニュアンスカラーを基調にしたファッションは、遊牧民が現代ファッションを着こなすようなスタイルで、モダンな感性とノスタルジックな香りが混じり合う独創性にあふれるものだった。とりわけ、ボディラインを完璧に覆い隠すシルエットを、ストリートウェアではなくシックなアイテムで表現したファッションは、10年近く経過した今でも輝きを放っている。
イットブランドとしての地位を確立したネヘラだったが、2017AWシーズンを最後にドゥリラがディレクターを退任すると、ブランドの存在感が薄れていき、スタイルが徐々に変化していく。ドゥリラ退任後のネヘラはせっかく確立された個性が消えてしまい、遊牧民的要素が強い布使いのノマドスタイルから、ベーシックアイテムの要素が色濃く、都会的な服の匂いが強いアーバンファッションと呼ぶべきスタイルに変わっていた。
ブランドには変化が必要だ。時代が変われば、価値観が変わり、価値観が変われば人々が求めるファッションも変わる。だから、変化を否定するつもりはない。だが、私はネヘラの変化がポジティブなものに感じられず、他のブランドでは見られない、ネヘラだからこその特徴が薄れてしまったように思えたのだ。
一時期の魅力が失われたネヘラだが、それでも私はコレクションのチェックを続けていた。すると本当に少しずつなのだが、2019年ごろから徐々に魅力的な変化が現れるようになっていく。そして、ポジティブな変化がしっかりと形になったと確信したのが、今年9月に発表された2024SSコレクションだった。
2024SSコレクションはかつて魅力的な輝きを放っていたノマドな世界観と、ドゥリラが去った2017年以降、ブランドの新たな特徴となっていたアーバンテイストが秀逸なバランスで融合し、以前のネヘラにも見られなかったオリジナリティが出現していた。
リネンを多用したコレクションは、色展開も穏やかで素朴。特徴的な色はグリーンだが、モスグリーンという印象で鮮やかさとは無縁で、燻んだ色味がまさにノマドワールド。ブラックやグレーといったベーシックカラーも使われているが、やはり燻んだ色味で、シャープやクールといったイメージとは違う。2024SSコレクションのネヘラはナチュラルではあるが、ノスタルジックでもフェミニンでもない。アイテムはジャケットやシャツなどベーシックウェアが基盤で、ドゥリラ時代よりもあいかわらず都会的な印象が強い。しかし、素材感と色使い、そして緩やかなシルエットがノマド世界を表し、アーバンスタイルと溶け合っている。
興味深いと思ったことがある。私がネヘラに再び魅力を感じ始めた理由が、ノマド世界への完全回帰ではなく、私が否定に捉えていたアーバンスタイルが、新たな個性の鍵になっていたことだった。
これはきっとファッションに限った話ではないだろう。否定的に感じた要素が、別の要素と組み合わさることで新しい個性を生む重要な役割を果たす。そんな現象が、どんな業界、どんな仕事にも起こり得るのではないか。アイデアの見つけ方、アイデアの発展方法のスキルとして、今回のネヘラには大きな学びがあった。ネヘラはかつての姿を取り戻すのではなく、過去と現在の特徴を一つにして、これまでとは違う新しいエレガンスを生み出した。私は今後も、ネヘラを追いかけ続けていきたい。
〈了〉