ジバンシィは歴史を源泉に新しくなる

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AFFECTUS No.480

マシュー・ウィリアムズ(Matthew Williams)が「ジバンシィ(Givenchy)」のクリエイティブ・ディレクターに就任して約3年。ウィリアムズが手がけるジバンシィは、黒を主役にしたハードな世界観がデビューシーズンから続き、その特徴から生まれたスタイルは魅力的だったのだが、次第にウィリアムズのシグネチャーブランド「1017 ALYX 9SM(テンセブンティーン アリクス ナインエスエム)」と世界観が近づいていき、両ブランドの境界が曖昧な印象を受けるようになっていった。

だが、9月に発表された最新2024SSウィメンズコレクションは、明らかにこれまでとは違うポジティブな変化が現れる。一言で言えば、ソフトになった。アイテムにテーラリングが頻出するのは以前と変わらないが、素材の柔らかさと色の優しさは以前のコレクションにはあまり見られなかったものだ。

淡く薄いパープル・グリーン・イエローといった明るい色彩、肌を透かす柔らかく薄いテキスタイル、それらの素材を用いてドレープ使いで構築したフォルムなど、コレクション全体の印象が朗らかになっていた。力強いショルダーラインのテーラードジャケットは以前と変わらないシルエットだが、黒と共に先述した淡いカラーも登場して、印象をこれまでのジャケットよりもソフトなものにしている。

今回のコレクションで注目アイテムの一つは、ミドルレングスのタイトスカートだ。脚のラインを艶かしく美しく見せるシルエットは、ドレープで形作られた薄手トップスとセットになることで、コンサバスタイルを完成させる。もちろん、ウィリアムズが手がけているために、とびっきりにクールでシャープなコンサバティブファッションだ。

また、細長いシルエットのドレス群も今コレクションの注目アイテムで、小紋をプリントしたデザイン、無地の黒い生地を使用したシックなドレス、煌びやかなビーズを繋げてスカート部分を作り上げたクチュールテイスト、ランジェリーライクなカッティングが目を惹くタイプなど、細長いシルエットを多様な手法で表現し、デザインにバリエーションを持たせていた。結果、コレクション全体にドレッシーなムードを漂わせることに成功している。

ドレッシーは、ジバンシィ2024SSコレクションのキーワードと言っていい。メゾンの創業者であるユベール・ド・ジバンシィ(Hubert De Givenchy)とオードリー・ヘップバーン(Audrey Hepburn)の伝説的関係性から誕生した名作ドレスは、ジバンシィのDNAと言って差し支えないだろう。「クリスチャン ディオール(Christian Dior)」が女性を豪華絢爛に魅せるゴージャスドレスならば、ジバンシィは女性をモダンに魅せるフェミニンドレスと称するのがふさわしい。そしてウィリアムズは自身の特徴であるクールな世界観を混ぜ合わせ、メゾンの歴史を新たな形で蘇らせた。

なぜ、ソフトな空気感、ドレッシーな美しさという要素が高まったのだろうか。ウィリアムズがジバンシィで変化を見せ始めた理由に、元「ヴォーグ パリ(Vogue Paris)」編集長カリーヌ・ロワトフェルド(Carine Roitfeld)の存在が見逃せない。編集者だけでなくモデルとしても活躍したロワトフェルドは、ジバンシィのウィメンズコンサルタントとしてメゾンに参加している。

ロワトフェルドは2023SSコレクションから加わり、同コレクションから現在に繋がる変化が現れていた。ギャザーを多用したフォルム構築は、まさに今回の2024SSコレクションで披露したドレープテクニックと通じるもの。シャネルジャケットなど、シャネルツイードを連想させる素材を使用したアイテムが複数登場して、コンサバティブな装いも当時から顔を覗かせていた。

翌シーズンの2023AWコレクションでは、ロングレングスのコートやジャケットが数多く登場してドレス濃度が高まり、色使いもグリーン・レッド・パープルが淡い色調で使われ、コレクションをよりドレッシーに仕上げていた。

ロワトフェルドが参加した2023SSコレクションと2023AWコレクションを経て、2024SSコレクションは過去の二つのデザインが融合する形で完成された。まさにこれが、私が現在のジバンシィから感じたポジティブな変化である。

デザイナーが自身のブランドと外部のブランドを手がける場合、デザインや世界観が近づきすぎてしまうリスクがある。クリエイティブ・ディレクターを務める場合、ブランドの歴史と世界観をベースに制作するため、シグネチャーブランドとの差別化は容易に思えそうだが、実際はそんな簡単な話ではないだろう。とりわけ、歴史あるブランドを新しい変化をもたらそうとする時、デザイナーが得意とする武器や世界観を濃度高めに注入する。そうなれば、結果的に二つのブランドの境界が曖昧になってしまう。

そこで、ウィリアムズのように外部の人材をクリエイティブスタッフとして起用するのはスマートな判断だと言えよう。「フェンディ(Fendi)」がウィメンズラインに「ディオール メン(Dior Men)」のキム・ジョーンズ(Kim Jones)をアーティスティック・ディレクターに起用した例も特筆する。

フェンディ創業者の孫であるシルヴィア・フェンディ(Silvia Fendi)が1990年代からメンズラインを率いており、2019年にカール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)が亡くなってからは、シルヴィアがウィメンズラインのディレクターも兼ねていた。だが、フェンディは新たにジョーンズをウィメンズラインの新ディレクターに起用した。しかもディオール メンをジョーンズは継続するという形で。結果、フェンディのウィメンズラインはいっそう魅力的なものになり、ジョーンズの新たな才能も開花させた。

ウィリアムズとロワトフェルドの関係性は、数々の名作ドレスを生んだユベールとヘップバーンという、これまたメゾンのDNAを現代に体現したかのようだ。ジバンシィが歴史を糧に新しくなっていく。

〈了〉

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