AFFECTUS No.486
私はストリートカルチャーを本格体験していないが、ファッションとして見た時にストリートウェアが好きだった。基本的にはシンプルなデザインで、ジャケットもフーディもシルエットはルーズで、クラシックなアイテムであっても怠惰な空気が覗く。見事な調和のエレガンスに着地しない曖昧さに、惹きつけられる。これはポジティブな意味なのだが、ストリートウェアは隙のある服だ。オートクチュールのように緻密に作り上げられた完璧さはない。それがたまらなくいい。
「ヴェトモン(Vetements)」から発生した2010年代のブームは落ち着いたが、ストリートウェアはトラッドやスポーツと同じくファッション普遍のスタイルになったと言える今、新たに注目しているブランドが「HGBB STUDIO」だ。デンマーク出身のTobias Billetoftと韓国出身のSangchan Lee の二人が2019年に設立したメンズブランドは、アウトドアテイストが強いストリートウェアである。
ダウンジャケットは近年見られるスマートな形とは違い、ボリューミーで丸みのある昔ながらのシルエット。アノラック、スキージャンパー、ジップ開きのスタンドカラーニット、カーゴパンツ、ドローストリングパンツなどが登場し、数多あるストリートウェアの中でもアウトドア濃度が高いブランドだと言えよう。
コレクションではステンカラーコートやシャツなど、メンズのベーシックアイテムも作られているが、テーラードジャケットの発表頻度は驚くほど少ない。代わりに、オーソドックスなワークジャケットが頻繁にスタイリングされ、HGBB STUDIOのカジュアルスタイルが鮮明だ。
私が思うストリートウェアの代表アイテムはパンツになる。厳密にいえば、パンツのシルエットになり、「適度なボリュームで脚が隠れればいいでしょ」と言っているような野暮ったいシルエット(実際のデザイン意図はそんな適当ではないだろう)が、ストリートウェアの根幹に思えてしまう。
ストリートウェアは洗練してはいけない。それが私の思いでもあり、HGBB STUDIOはそんな私の勝手な理想を満たしていた。
ただし、HGBB STUDIOが製作したコレクション全体のイメージは柔らかくクリーンだった。それは静謐なトーンの色使いが理由だろう。色の種類はオフホワイト、ライトグレー、ベージュ、カーキが多用され、それらのベーシックカラーが淡く静かなトーンでアイテムを染めている。2023AWコレクションでは、ブルーがアクセントカラーとして使用されているが、鮮やかな色はブルーのみ。物静かな色使いは、デンマーク出身のBilletoftが関係していると思われる。スカンジナビアデザイン特有のカラーが、ストリートウェア特有の怠惰な空気を清らかに見せていく。
私がHGBB STUDIOに惹かれたのは、「野暮ったくて綺麗」と感じたからに違いない。基本的にファッションは、綺麗に作られた服に価値がある。いや、この言い方では語弊がある。「調和の整った服」と述べるのが適切だろう。そんなファッション界普遍の価値観を崩したのが、デムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)だった。
ヴァザリアは、それまで美しくないと思われていた服に価値を見出し、新しいエレガンスとして提示した。ヴァザリアがかつて手がけたヴェトモンと、現在もディレクターを務める「バレンシアガ(Balenciaga)」はパリ王道のエレガンスとは対極の服で、アグリーと称されたコレクションに私は怒りすら覚えるほどだった。だが、いつからか私は怒りを感じることが楽しくなり始める。怒りによって自分が抱いていたファッションの価値観が揺さぶられる体験は初めてだった。
私は今も怒りに高揚した感覚を欲している。ただし、かつてのヴェトモンと同じデザインでは響かない。もっと別の形で、常識が揺さぶられるファッションを求めている。HGBB STUDIOのコレクションに、強烈な何かを感じたわけではない。けれど、何かが揺さぶられる感覚があったのは事実だ。野暮ったくて綺麗なストリートウェアが、ファッションの未来を暗示する。
〈了〉